「よりにもよって、校舎から一番離れた寮かぁ」

 一番名前の長いアルフェラッツ寮が、貴樹が今日から暮らす寮に決まった。校舎から一番遠く不便だが、建物は4つの寮の中で一番新しく建った寮らしい。
 その2階、一番奥の部屋が貴樹の部屋だ。

「思ってたより広い!」

 想像していたより広く、住みやすそうな部屋だった。備えつけのベッドと勉強机も安物ではなさそうだ。
 早速ベッドに腰掛けて、スプリングの具合を確かめる。真新しいシーツは肌触りがよく、快適に眠れそうだった。

「ん? なんだ、あれ」

 勉強机の上に何か置いてあるのに気づいた。
 どうやらタブレットのようだ。
 その上には「茅野貴樹様」と書かれた封筒が置かれている。

「授業で使うタブレット、かな?」

 先に手紙を開封してみる。
 学園章が箔押しされた封筒に入っていたのは、カードが一枚。
 その表面にも貴樹の名前が書かれている。

「ようこそ、バーチャルライバー部へ……ふぇっ!?」

 裏面に書かれた文字を読み上げ、貴樹は素っ頓狂な声を上げた。
 見間違いかと思ったが、何度読んでもそこには「ようこそ、バーチャルライバー部へ」と書かれている。

「待って? おれ、オーディションに合格したってこと? じゃあ、このタブレットって」

 震える手でタブレットを起動してみる。

「え、と……『その部屋はバーチャルライバー部専用の特別室です。クローゼットの横の端末にこのタブレットをかざしてください』……え、何それ。そんなのあった?」

 クローゼットはベッドの向かいの壁にある。
 よく見ると、その扉の横に何か出っ張りのようなものがあった。知らなければ見逃してしまいそうな、わずかな壁の凹凸だ。

「これが端末?」

 まだ状況を把握できていなかった。
 貴樹はタブレットに表示されていたとおり、その端末にタブレットをかざす。
 すると、カチャリと何かが開く音が聞こえる。

「……今の音、この中から?」

 クローゼットを開いた。
 その中にもう一つ扉があるのが見える。さっきの音はこの扉の鍵が開いた音だったようだ。

「これ――防音ブースだ!」

 扉を開くと、中はオーディションのときにも見た防音ブースになっていた。
 こんなところに隠されているなんて。
 置いてある機材もあのときと見たものと同じ、パソコンやマイクなど配信に必要なものが一式収められている。

「本当に合格したってこと?」

 これを見てもまだ信じられない。
 放心状態で防音ブースの中の機材を眺める――そのときだった。

「わッ」

 持っていたタブレットが震え始めた。
 画面に着信の文字が表示されている。相手の名前は『大倭セイガ』、オーディションで話したバーチャルライバー部の部長だ。

「……も、もしもし」
『やっほー、お疲れ。今、大丈夫?』
「あ、はい。大丈夫です」
『そんなに固くならないでよ。オーディション合格おめでとう』
「ありがとうございます!!!」
『ふはっ、相変わらず声でっか。今って防音ブースの中?』
「えっと、さっき扉を開けて中を見たとこなので! その、まだ中には!」
『ちょっと落ち着きなって。じゃあブースの中に入って、扉を閉めてくれる? うちは誰が部員かバレちゃだめって決まりだからさ。君の声量だと廊下に聞こえちゃいそう』

 セイガの声は笑っていたが、貴樹は慌ててブースに入って扉を閉めた。

「すみません……」
『あはははっ、いいって。まあ、部屋の防音もしっかりしてるほうだから大丈夫だろうけど。念には念を、ってことでね?』

 セイガは優しかった。
 リスナーとして配信で聞いていたのと変わらない柔らかな笑い声が、貴樹の緊張をほぐしてくれる。

『じゃあ早速、うちの部の活動について説明しよっか。僕が君の教育係だから、続けて配信のレクチャーもしていくよ』
「よろしくお願いします!!」

 タブレットに向かって、ぶんっと勢いよく頭を下げる。『だから、声大きいって』と笑うセイガの声が聞こえた。