〈ジジくんってば歌うますぎ!! 最高すぎて語彙力消失した〉
〈声の相性いいとは思ってたけどここまでとは!参った!! 100万回リピします〉
〈甘かわ系のコルくんと爽やか系のジジくんの組み合わせえぐいーー!! 選曲も最高すぎた!〉
〈ラスサビ前にコルくんの新たな一面を見た! こんなにエッチな声出せるなんて聞いてないんだが!? しばらくここばっかり聞くわ〉

 白瀬と一緒に歌った動画は予想を超える大反響だった。
 一晩のうちに再生数は6桁に達し、今も伸び続けている。

「こんなに聞いてもらえるなんて……コメントもたくさん」
『ジジくんの歌声は人気出ると思ったけどね。僕の耳は間違ってなかったってことだ』

 部チャットで自慢げに言ったのは、部長のセイガだ。
 今も動画を見ているのか、後ろからかすかにコルとジジの歌声が聞こえてくる。

「こんなにたくさん聞いてもらえたのは、コル先輩の人気のおかげだと思いますけど」
『何を言っているのですか。コルさんとジジさんの歌声が皆さんの心に届いた結果ですよ。もっと胸を張ってください』
『せやで。「すごいやろ!」って大声で言うてやるぐらいの気持ちでええねん! こういうのは』

 謙遜していたら、レイリとカナトラに窘められてしまった。

『ほんで、もう1人の主役はどないしたん』
『顔を出すとは言ってたけど、いつとは言ってなかったからね』
『相変わらず、マイペースやなぁ』

 白瀬はまだ、部チャットに来ていなかった。
 寮に帰ってきているところは見かけたので部屋にはいるはずだが、何をしているのだろう。

「……ん?」
『ジジくん、どうしたの?』
「あ、ちょっと部屋のインターホンが鳴ったみたいで」

 防音ブースの中にいると外の音は聞こえない。
 インターホンの呼び出しは、パソコンの画面に表示されるように設定してあった。

「ちょっと離席しますね」
『はーい』
『ちゃんとブースのドア閉めていきや』

 急いで防音ブースを出て、玄関に向かう。

「部屋、入れて」
「……白瀬」

 突然の訪問者は白瀬だった。


   ◆


「部に顔出さなくていいの?」
「夜でいいだろ」
「まあ……先輩たちもいったん落ちるって言ってたけど」

 先輩たちには来客だと知らせておいた。
 もちろん、相手が白瀬だとは伝えていない。

 ――白瀬、なんの用だろう。

 知り合って数か月経つが、白瀬が貴樹の部屋を訪ねてくるのは初めてだった。
 座る場所が他にないので並んでベッドに腰掛けたものの、白瀬の用事がわからないのでなんだか落ち着かない。

 ――2人きりで会うの、あの日ぶりだな。

 クラスや寮で頻繁に顔は見ているが、こうして2人きりで会うのは収録の日ぶりだった。
 あの後も配信で何度かコラボしているが、やり取りはすべてオンライン上で済ませている。
 前髪で隠れていない白瀬の素顔を見るのも久しぶりだった。

 ――やっぱり、綺麗なだなぁ。

 思わず見惚れる。
 横顔のラインも恐ろしいほど整っていて、まるで彫刻のようだ。黄金比のラインの視線で辿っていた貴樹はふと一か所で視線を止めた。
 白瀬の唇だ。

 ――あの日……当たった、よな?

 収録の日。
 歌声に感極まって泣いたとき、白瀬の唇が目元に触れた気がした。一瞬だったから反応できなかったが、あれは……おそらくそうだったはず。
 どうしてそんなことをしたのか、白瀬にはまだ聞けずにいた。

「見過ぎ」
「っ、白瀬が黙ったままスマホ触ってるからだろ。ったく、何しに来たんだよ」
「別に。なんとなく」

 ――なんとなく……なんだっていうんだよ。

 思わせぶりな言い方はやめて、ちゃんと最後まで言ってほしい。
 そもそも、なんとなくでわざわざ部屋を訪ねてくるなんて、そんな心臓に悪いことも遠慮願いたかった。

「お前、部長たちには話してないの?」
「話すって、何を?」
「俺たちのこと。お互いの正体に気づいてるって」
「そんなの言うわけないだろ! 部のルールを破ってるんだし……本当だったら、こういうのも困るんだけど」
「俺は、別にバレても問題ないと思うけど」

 白瀬は部のルールを軽く考えているようだった。
 でも、貴樹はそんな風に思えない。部を追放なんてことには、絶対なりたくないからだ。

「実績も作ったし、簡単には追い出されないと思うけどな」

 白瀬の言う実績とは、今回の歌動画のことだろう。
 確かに反響はいいし、部長たちにも褒めてもらえたけれど……それとこれとは話が別だと思う。

「白瀬はもしかして、そのためにこの動画を……?」

 保険のために録ったのだろうか。
 貴樹の呟きを聞いて、白瀬がこちらを見る。
 不機嫌に睨みつけてくる白瀬の表情に、貴樹は息を呑んだ。

「んなわけないだろ」
「でも、今の言い方じゃ……」
「俺がお前の歌声に惚れ込んだんだ。お前と一緒に歌いたかった――それだけ」
「っ!!」

 射抜くような視線から目が離せなかった。
 驚きすぎて息ができない。
 鼓動が速く、身体が熱くなって、溜まりたまった熱が押し出されるように目からあふれ出す。

「お前、すぐ泣くよな」
「だって……お前がそんなこと言うからだろ」

 純粋に嬉しかった。
 バーチャルライバー部に入ることを目指して、実現して……それだけでもすごいことなのに。
 自分の魅力を見つけてくれたのが憧れた人たちで、誰よりも尊敬できる人に認めてもらえるなんて。

「……ッ」

 また目元に柔らかいものが触れた。
 これは気のせいじゃない。
 頬には手が触れているし、何よりすぐ近くに白瀬の顔がある。

「仕方ないから、秘密にしておくか」

 目を細めて、白瀬が笑った。

「お前の歌声が聞けなくなるのは嫌だし、コラボもやりたいからな」
「おれだって、ここでライバー続けたい」
「わかった。だから――」

 白瀬が、貴樹の耳元に顔を寄せる。
 吐息が耳朶を掠める。

「これは、2人だけの秘密な」
「〜〜〜〜!!」

 腰に響く甘い声で囁かれた。
 顔を真っ赤にした貴樹を見て、白瀬は身体を揺らして笑っている。ここまで大爆笑している白瀬は初めて見た。
 でも、その声を上げた笑い方にはコルの面影がある。

 ――そういうのが、ずるいんだって!!!

 腹いせに白瀬の肩に拳をぶつけた。
 顔も、声も、性格もずるいこの男に、どうやったら振り回されずに済むのだろう。

 ――そのうち振り回すほうになって、人気も抜いてやる!!

 唇の端を上げて笑いながらこちらを見る白瀬を、宣戦布告とばかりにキッと睨みつける。
 貴樹のバーチャルライバー活動はまだまだこれから始まったばかりだ。


END.