――どうして、こんなことになってんの?
土曜日だというのに、貴樹は校舎にいた。
今日は寮でゆっくりするつもりだったのに、朝から呼び出されたせいだ。
呼び出しの相手は、白瀬だった。
「で、何からすればいい」
「そんなの、急に言われても……っていうか、なんでおれが呼び出されんの」
貴樹と白瀬が一緒にいるのは、特別棟にある防音室だった。
音楽系の生徒のための施設だが、申し込みさえすれば誰にでも使える。
「歌を教わるなら、お前がいいと思ってたからな。ちょうどいいだろ」
そう。貴樹は白瀬に『歌を教えろ』を言われて、ここまで連れてこられたのだ。
承諾した記憶はないのに、かなり強引だった。
「ちょうどいいの意味がわかんないし、そもそもどうして歌なんて」
「お前、気づいてんだろ。俺が夜重コルだって――」
「ちょ!!」
いきなり真相に触れてくるとは思っていなくて、貴樹は慌てて白瀬を両手で塞いだ。
この部屋には二人しかいないし、完全防音なのもわかっているが、そうせずにはいられなかった。
「なんで、言っちゃうの……それ」
「あんなあからさまに『わかってます』みたいな態度取っておいて、どの口が言うんだよ」
――嘘……おれ、そんなあからさまだった?
「っつうか隠す気だったんなら、もっとちゃんと隠せよ。お前の声だって、わかりやすすぎだっての」
「んんん……まじかぁ」
バレないように振る舞えていると思っていたのは貴樹だけだったらしい。
「というわけだから、歌教えろ」
「どうして」
「歌が苦手だからに決まってんだろ」
「いや、普通に歌うまいじゃないですか! 最初に出した歌動画はもう100万再生突破してるでしょ。おれが好きなのは3つ目に出したバラードですけど。あのサビ前のウィスパーボイス最高でしたし、歌が苦手とは思えないんですけど!!」
思わず早口でコルのよさを語ってしまった。最推しなんだから仕方ない。
白瀬は呆気に取られている。
「……お前、俺のこと詳しすぎだろ」
「コル先輩の強火リスナーですからね!!!」
開き直ることにした。
ドン引きされるのを覚悟したのに、白瀬の反応は違っていた。
口元を手で押さえ、顔は真っ赤だ。
――照れるのかよ!!
思いがけない反応に、こっちまで恥ずかしくなってくる。
「……っつうかお前、なんで急に敬語なんだよ」
「おれも訳わかってないんですって!」
目の前いるのが白瀬なのか、コルなのか。
混乱しているせいで、どう接していいのかわからない。
何より、まだ顔が赤い白瀬を直視できなかった。
「歌を教えるってのもやったことないし。セイガ部長にも褒められたけど、そもそも歌だって別に得意ってわけじゃなくて」
「ふーん……じゃあ勝手にお前の技盗むから、お前は歌ってくれるだけでいい」
「へ??」
◆
「……なあ、この体勢じゃないとだめ?」
「とりあえずはこれがいい」
「うう……」
歌うだけでいいならと、それでも渋々引き受けた貴樹だったが、まさかこんな体勢で歌わされるとは思っていなかった。
貴樹は今、白瀬に後ろから抱きしめられている。
語弊ではない。事実だ。
でも意味なくそうされているのではなく、白瀬の左手は腹、右手は喉に添えられている。歌っているとき、ここがどう動くか確認したいらしい。
――やるしかないかぁ。
この体勢で2、3曲歌ってくれるだけでいいと言っていたし、長引かせるよりさっさとやってしまったほうがいい。
貴樹は覚悟を決めると、スマホから音源を流し、それに合わせて歌い始める。
――なんか、変な感じ。
白瀬の手が触れているからか、自分の喉と腹の動きがいつもより感じられた。
手はそっと添えられているだけなので邪魔にはならないが、自分の声の振動が少しくすぐったい。
「……いいな。お前の声、やっぱ好きだわ」
――そういうの、耳元で囁くのやめて!?
ぞくっと背筋に走った感覚を誤魔化すように、貴樹はいつもより感情を込めて熱唱した。
土曜日だというのに、貴樹は校舎にいた。
今日は寮でゆっくりするつもりだったのに、朝から呼び出されたせいだ。
呼び出しの相手は、白瀬だった。
「で、何からすればいい」
「そんなの、急に言われても……っていうか、なんでおれが呼び出されんの」
貴樹と白瀬が一緒にいるのは、特別棟にある防音室だった。
音楽系の生徒のための施設だが、申し込みさえすれば誰にでも使える。
「歌を教わるなら、お前がいいと思ってたからな。ちょうどいいだろ」
そう。貴樹は白瀬に『歌を教えろ』を言われて、ここまで連れてこられたのだ。
承諾した記憶はないのに、かなり強引だった。
「ちょうどいいの意味がわかんないし、そもそもどうして歌なんて」
「お前、気づいてんだろ。俺が夜重コルだって――」
「ちょ!!」
いきなり真相に触れてくるとは思っていなくて、貴樹は慌てて白瀬を両手で塞いだ。
この部屋には二人しかいないし、完全防音なのもわかっているが、そうせずにはいられなかった。
「なんで、言っちゃうの……それ」
「あんなあからさまに『わかってます』みたいな態度取っておいて、どの口が言うんだよ」
――嘘……おれ、そんなあからさまだった?
「っつうか隠す気だったんなら、もっとちゃんと隠せよ。お前の声だって、わかりやすすぎだっての」
「んんん……まじかぁ」
バレないように振る舞えていると思っていたのは貴樹だけだったらしい。
「というわけだから、歌教えろ」
「どうして」
「歌が苦手だからに決まってんだろ」
「いや、普通に歌うまいじゃないですか! 最初に出した歌動画はもう100万再生突破してるでしょ。おれが好きなのは3つ目に出したバラードですけど。あのサビ前のウィスパーボイス最高でしたし、歌が苦手とは思えないんですけど!!」
思わず早口でコルのよさを語ってしまった。最推しなんだから仕方ない。
白瀬は呆気に取られている。
「……お前、俺のこと詳しすぎだろ」
「コル先輩の強火リスナーですからね!!!」
開き直ることにした。
ドン引きされるのを覚悟したのに、白瀬の反応は違っていた。
口元を手で押さえ、顔は真っ赤だ。
――照れるのかよ!!
思いがけない反応に、こっちまで恥ずかしくなってくる。
「……っつうかお前、なんで急に敬語なんだよ」
「おれも訳わかってないんですって!」
目の前いるのが白瀬なのか、コルなのか。
混乱しているせいで、どう接していいのかわからない。
何より、まだ顔が赤い白瀬を直視できなかった。
「歌を教えるってのもやったことないし。セイガ部長にも褒められたけど、そもそも歌だって別に得意ってわけじゃなくて」
「ふーん……じゃあ勝手にお前の技盗むから、お前は歌ってくれるだけでいい」
「へ??」
◆
「……なあ、この体勢じゃないとだめ?」
「とりあえずはこれがいい」
「うう……」
歌うだけでいいならと、それでも渋々引き受けた貴樹だったが、まさかこんな体勢で歌わされるとは思っていなかった。
貴樹は今、白瀬に後ろから抱きしめられている。
語弊ではない。事実だ。
でも意味なくそうされているのではなく、白瀬の左手は腹、右手は喉に添えられている。歌っているとき、ここがどう動くか確認したいらしい。
――やるしかないかぁ。
この体勢で2、3曲歌ってくれるだけでいいと言っていたし、長引かせるよりさっさとやってしまったほうがいい。
貴樹は覚悟を決めると、スマホから音源を流し、それに合わせて歌い始める。
――なんか、変な感じ。
白瀬の手が触れているからか、自分の喉と腹の動きがいつもより感じられた。
手はそっと添えられているだけなので邪魔にはならないが、自分の声の振動が少しくすぐったい。
「……いいな。お前の声、やっぱ好きだわ」
――そういうの、耳元で囁くのやめて!?
ぞくっと背筋に走った感覚を誤魔化すように、貴樹はいつもより感情を込めて熱唱した。