茅野貴樹の通う学園には変わった部活がある。
その名も――バーチャルライバー部。
本人の姿ではなく、それに合わせて動く二次元キャラクターのアバター使ってライブ配信を行う部活だ。かなり変わった活動内容の部活だが、きちんと正式に理事長の承認は受けている。
この部には入部オーディションを勝ち抜いた20人が所属しているといわれている。
詳細が曖昧なのは、情報が制限されているからだ。
部長と副部長と顧問以外、部に所属する部員の名前を把握していない。自分が部員だと名乗ることも許されていなかった。
バーチャルライバー部は、そんなところも変わっている。
「……ここが、オーディション会場」
貴樹はそんなバーチャルライバー部に所属したくて、この学園に入学した。
入部を希望する理由は、この部のライバー全員を推しているから――いわば、強火のリスナーだった。
とはいえ、ミーハーな気持ちだけではない。
この部のライバーが自分を楽しませてくれたように、自分も誰かを楽しませたい。つらいときに自分を見て元気になってほしい。そう思わされたからだ。
バーチャルライバー部があるのは、郊外にある全寮制の学園だ。
中高一貫の6年制だが、貴樹は高等部からの編入組だった。
中学の3年間、毎日のように両親を説得し、ようやくこの学園に入ることを許してもらった。そんな貴樹にとって、このオーディションは人生を決めるもので間違いない。
「場所も時間も合ってるはずなのに、誰もいない……」
指定されたのは広い学園内にある予備教室の1室だった。
バーチャルライバー部は入部を倍率がこの学園の編入試験より厳しいと聞いていたのに、周囲に人の気配はない。
本当にこの部屋で合っているのか、不安になってくる。震える手で扉をノックしてみるが、中から応答はなかった。
おそるおそる扉を開く。
緊張する貴樹を出迎えてくれたのは人ではなく、立派な配信機器たちだった。
『やあ、来たね。部屋の扉を閉めたら、防音ブースの中へどうぞ』
「……っ!」
――パソコンが喋った!!
正確にはスピーカーから声が聞こえたのだが、貴樹にはパソコンが喋ったようにしか見えなかった。
言われたとおり、部屋の中に置かれた2畳もなさそうな防音ブースの中に入る。中にある機器はどれもハイスペックなものだ。
『椅子に座ってヘッドホンをつけて。心の準備ができたら、オーディションを始めるよ』
「あ……はい!」
オーディションという言葉に、思わず声に力が入ってしまった。
指示されたとおり椅子に座り、ヘッドホンをつける。
――落ち着かないと。
失敗はできない。
「よろしくお願いします!!」
『あはは、元気がいいね。マイクの音量下げといたほうがいいかな』
「あ、すみません……」
『謝らなくていいって。じゃあ、まずは自己紹介。僕はこのバーチャルライバー部の部長、名前は――』
「セイガさんですよね!!!」
『正解。君はうちのリスナー歴が長いんだっけ? 志望書見たよ。でも、声だけでわかるなんてすごいね』
モニターに青空のような澄んだ青髪のイケメンキャラが映し出された。
これがバーチャルライバーの〈大倭セイガ〉のアバターだ。
ヘッドホンから聞こえる部長の声に合わせて、セイガの口が動く。セイガは貴樹を観察するように見つめた後、にっこりと微笑んだ。
『大倭セイガです。改めまして、よろしくね』
「あ、あ……よろしくお願いします!」
『あははっ、声上擦っちゃって可愛い。じゃあ、オーディション始めよっか』
◆
あっという間に、オーディションから3日が過ぎていた。
――結果、今日出るんだよな。
朝から落ち着きのない自覚はある。
今日は入寮前オリエンテーションの最終日だというのに、そのことより貴樹の頭を埋め尽くすのはオーディションのことだった。
「おい、茅野。話聞いてた?」
「え、あ、ごめん……全然聞いてなかった」
「だと思ったよ。次、講堂に移動だってさ。そこで理事長の話聞いたら、オリエンテーションは終わり」
教師の話を全く聞いていなかった貴樹にそう教えてくれたのは、同じく編入組の大野だ。
出席番号が前後ということもあり、このオリエンテーションでかなり親しくなった。野球部に入部が決まっている面倒見のいい男だ。
「その後、ようやく寮で個室が貰えるってわけだ」
「やっとだね」
入学から1週間。
オリエンテーションが終わるまでは6人部屋での生活だった。新入生同士の親交を深めることを目的とした、この学園の恒例行事らしい。
中等部からも持ち上がり組はすでに関係ができあがっていたが、各クラスに3割ほどいる編入組はここから新たに関係を築き上げる必要がある。
貴樹はこのオリエンテーションのおかげで、クラスメイトの顔と名前をほぼ把握できるようになっていた。
「1年から個室が貰えるってすごいよなぁ。広さと設備にランクはあるらしいけど」
「すごいよね。おれも最初聞いたとき、びっくりしたもん」
この学園の生徒は学園に通える距離に住んでいたとしても、全員寮に入ることが義務付けられている。
部屋は中等部は2人部屋、高等部は個室と決まっていた。部屋の広さや設備は成績や学園貢献度にによって変わるらしく、それが生徒たちのモチベーションに繋がっている。
「どの寮になるのかは、このあと発表?」
「たぶん、そうだと思うぜ。オレ、校舎かグラウンドに近い寮がいいんだけど」
寮は1つではない。
学園の敷地内に高等部だけでも4つの寮があった。
各寮の名前は〈秋の四辺形〉呼ばれる星から「アルフェラッツ」「シェアト」「マルカブ」「アルゲニブ」と名付けられている。
「校舎に一番近いのはアルゲニブ寮だっけ? グラウンドに近いのは、確か……」
「マルカブ寮。オレ、カタカナ弱いから名前覚えるだけで大変だわ」
「おれも。なんかいい覚え方ないかなぁ」
そんな他愛無い話をしながら、2人は講堂へ向かった。
その名も――バーチャルライバー部。
本人の姿ではなく、それに合わせて動く二次元キャラクターのアバター使ってライブ配信を行う部活だ。かなり変わった活動内容の部活だが、きちんと正式に理事長の承認は受けている。
この部には入部オーディションを勝ち抜いた20人が所属しているといわれている。
詳細が曖昧なのは、情報が制限されているからだ。
部長と副部長と顧問以外、部に所属する部員の名前を把握していない。自分が部員だと名乗ることも許されていなかった。
バーチャルライバー部は、そんなところも変わっている。
「……ここが、オーディション会場」
貴樹はそんなバーチャルライバー部に所属したくて、この学園に入学した。
入部を希望する理由は、この部のライバー全員を推しているから――いわば、強火のリスナーだった。
とはいえ、ミーハーな気持ちだけではない。
この部のライバーが自分を楽しませてくれたように、自分も誰かを楽しませたい。つらいときに自分を見て元気になってほしい。そう思わされたからだ。
バーチャルライバー部があるのは、郊外にある全寮制の学園だ。
中高一貫の6年制だが、貴樹は高等部からの編入組だった。
中学の3年間、毎日のように両親を説得し、ようやくこの学園に入ることを許してもらった。そんな貴樹にとって、このオーディションは人生を決めるもので間違いない。
「場所も時間も合ってるはずなのに、誰もいない……」
指定されたのは広い学園内にある予備教室の1室だった。
バーチャルライバー部は入部を倍率がこの学園の編入試験より厳しいと聞いていたのに、周囲に人の気配はない。
本当にこの部屋で合っているのか、不安になってくる。震える手で扉をノックしてみるが、中から応答はなかった。
おそるおそる扉を開く。
緊張する貴樹を出迎えてくれたのは人ではなく、立派な配信機器たちだった。
『やあ、来たね。部屋の扉を閉めたら、防音ブースの中へどうぞ』
「……っ!」
――パソコンが喋った!!
正確にはスピーカーから声が聞こえたのだが、貴樹にはパソコンが喋ったようにしか見えなかった。
言われたとおり、部屋の中に置かれた2畳もなさそうな防音ブースの中に入る。中にある機器はどれもハイスペックなものだ。
『椅子に座ってヘッドホンをつけて。心の準備ができたら、オーディションを始めるよ』
「あ……はい!」
オーディションという言葉に、思わず声に力が入ってしまった。
指示されたとおり椅子に座り、ヘッドホンをつける。
――落ち着かないと。
失敗はできない。
「よろしくお願いします!!」
『あはは、元気がいいね。マイクの音量下げといたほうがいいかな』
「あ、すみません……」
『謝らなくていいって。じゃあ、まずは自己紹介。僕はこのバーチャルライバー部の部長、名前は――』
「セイガさんですよね!!!」
『正解。君はうちのリスナー歴が長いんだっけ? 志望書見たよ。でも、声だけでわかるなんてすごいね』
モニターに青空のような澄んだ青髪のイケメンキャラが映し出された。
これがバーチャルライバーの〈大倭セイガ〉のアバターだ。
ヘッドホンから聞こえる部長の声に合わせて、セイガの口が動く。セイガは貴樹を観察するように見つめた後、にっこりと微笑んだ。
『大倭セイガです。改めまして、よろしくね』
「あ、あ……よろしくお願いします!」
『あははっ、声上擦っちゃって可愛い。じゃあ、オーディション始めよっか』
◆
あっという間に、オーディションから3日が過ぎていた。
――結果、今日出るんだよな。
朝から落ち着きのない自覚はある。
今日は入寮前オリエンテーションの最終日だというのに、そのことより貴樹の頭を埋め尽くすのはオーディションのことだった。
「おい、茅野。話聞いてた?」
「え、あ、ごめん……全然聞いてなかった」
「だと思ったよ。次、講堂に移動だってさ。そこで理事長の話聞いたら、オリエンテーションは終わり」
教師の話を全く聞いていなかった貴樹にそう教えてくれたのは、同じく編入組の大野だ。
出席番号が前後ということもあり、このオリエンテーションでかなり親しくなった。野球部に入部が決まっている面倒見のいい男だ。
「その後、ようやく寮で個室が貰えるってわけだ」
「やっとだね」
入学から1週間。
オリエンテーションが終わるまでは6人部屋での生活だった。新入生同士の親交を深めることを目的とした、この学園の恒例行事らしい。
中等部からも持ち上がり組はすでに関係ができあがっていたが、各クラスに3割ほどいる編入組はここから新たに関係を築き上げる必要がある。
貴樹はこのオリエンテーションのおかげで、クラスメイトの顔と名前をほぼ把握できるようになっていた。
「1年から個室が貰えるってすごいよなぁ。広さと設備にランクはあるらしいけど」
「すごいよね。おれも最初聞いたとき、びっくりしたもん」
この学園の生徒は学園に通える距離に住んでいたとしても、全員寮に入ることが義務付けられている。
部屋は中等部は2人部屋、高等部は個室と決まっていた。部屋の広さや設備は成績や学園貢献度にによって変わるらしく、それが生徒たちのモチベーションに繋がっている。
「どの寮になるのかは、このあと発表?」
「たぶん、そうだと思うぜ。オレ、校舎かグラウンドに近い寮がいいんだけど」
寮は1つではない。
学園の敷地内に高等部だけでも4つの寮があった。
各寮の名前は〈秋の四辺形〉呼ばれる星から「アルフェラッツ」「シェアト」「マルカブ」「アルゲニブ」と名付けられている。
「校舎に一番近いのはアルゲニブ寮だっけ? グラウンドに近いのは、確か……」
「マルカブ寮。オレ、カタカナ弱いから名前覚えるだけで大変だわ」
「おれも。なんかいい覚え方ないかなぁ」
そんな他愛無い話をしながら、2人は講堂へ向かった。