やっちゃった。社交辞令を真に受けちゃったんだ。
 紗都はすぐさま帰りたくなった。だが、それを実行するのもまた後日にいたたまれなくなりそうだ。

「那賀野さん、着物で来てくれたんだ!」
 明るい声が後ろから響いた。

 振り返るまでもなく、千与加だった。
 隣に並んだ彼女がコートを脱ぐ。黒いニットには白兎が手鞠(てまり)とともに描かれ、黒いスカートには赤い牡丹の花が咲いていた。

「先輩に合わせて和風なんですよー。ってどうしたんですか?」
 硬直している紗都と周囲の目に気づき、千与加が言う。

「だって、着物を着てくるなんてさあ」
 マウントさんがくすくすと笑う。

「私がリクエストしたんです。それに私も和っぽい服着てるんですけど」
 千与加がむっとして言う。

「それは和風の洋服じゃん。着物じゃないし」
「なになに、もうケンカしないでよ、ふたりとも俺のためにおしゃれして来てくれたんだ?」
 チョモヤさんがとりなすように言う。

 だが。
「違います!」
 反射的に否定してしまった。
 直後に、ジョークで濁してくれようとしたのに、と気づいて紗都は青ざめる。

「すげえ否定されてやんの!」
 マウントさんがまぜっ返して、チョモヤさんは恥ずかしそうに、はは、と笑う。