中学生の頃、告白されたいシチュエーションで友だちが盛り上がっているときに、自分は小説の新刊が気になっていた。
 高校生の頃、好きな人は誰かとかデートの行きたい場所とかで恋バナで夢中になっている友達の中で、自分はただ聞き役になって聞いていた。

 みんな、どうしてそんなに恋に前向きなのだろう。あんな苦しい思いを楽しめるなんて、強靭な精神を持っているのだろうか。自分だけがいつまでも子どもで大人になれていないのだろうか。

 もう三十一歳なのに。
 まだ明るい空を見上げて、紗都はため息をついた。



 帰ったらシャワーを浴びてご飯を食べる。
 それからクローゼットを開いて着物が入った衣装ケースを取り出した。
 この一年で着物も帯も、着物用の小物も急激に増えた。だけどそれが楽しい。

 自分が持っているのはポリエステル製のお手頃なものばかりだが、着るだけで日常が特別になり、楽しい予感で胸がいっぱいになる。

 夏の今は薄物と呼ばれる()(しゃ)の着物だ。
 絽も紗もからみ織で織られていて織り目が開いており通気性が良い。紗はカジュアルで、絽は正装として着ていけるものもある。

 薄物は二枚しか持っていないので、その二枚を前に悩む。流水文様の入った水色と、もう一枚は花の柄のベージュだ。

 明日も暑いから水色で涼しげに。そうなると帯は。
 帯が入った衣装ケースを引っ張り出す。