彼は既婚で、根は良い人のようだがセクハラになるかどうかギリギリのラインのジョークをよく言うので少しモヤモヤする。妻子がいる自分ならセクハラにはならないと思っている気配があった。ちょっとモヤモヤを略して、内心でチョモヤさんと呼んでいた。
「やだー、すけべー!」
「言い方がセクハラ」
 千与加がけらけら笑い、同僚の女性も笑う。

 一緒に愛想笑いをしながら、笑うふたりをうらやましく眺める。最初から笑って流すことができればいいのに、うまくそういうことができない。千与加のほうが年下なのに自分よりよっぽど大人だ。

「ほめてるのに」
 チョモヤさんは不服そうに言って、立ち去った。

「でもやっぱり着物っていいですよね」
 千与加が興味深そうに言うので、紗都は目を輝かせた。着物仲間が身近に増えるのは嬉しい。

「挑戦してみる? きっと似合うよ」
「絶対に着ないです」
 あんまりはっきり言うので、思わず紗都は笑う。

 彼女はいつもはっきり意思表示をしてくれて、さっぱりしているから気持ちがいい。
 仕事帰りにはなんとなく駅ビルのショップに寄ってみた。

 クリスマスの装飾にどうしたって心は浮き立つし、色とりどりの服が並んでいるのを見るのは楽しい。
 マネキンが着ているケープを見て紗都は足を止めた。

 黒いベルベットのような生地で、首回りと裾にファーがついている。
 最近、着物にケープを合わせている写真を見たばかりだ。
 羽織だけでは寒いし、これなら洋服にも使えるし。