簡易の襟をつけられて着物を着せてもらう。
 なんだかどきどきした。新しい自分に出会えそうな予感と期待。
 最後に店員が見立ててくれた赤い帯を軽く巻いた。商品なので本格的には巻かないが、それでも充分に雰囲気はわかった。
「いかがですか」
「素敵……」
 クリームがかった優しいピンクは肌なじみがよくて、全体に散る桜の花が華やかだ。帯の深い赤が締めとして効いている。帯揚げと帯締めは抹茶色で、赤とのコントラストが気持ちいい。
 着物は五千円くらいだけど、これだけじゃすまないんだよね……。
 襦袢やら帯やら、一揃いを買わなくてはならない。合計はいくらになるだろう。
「とてもお似合いですよ」
 店員は押し付ける様子もなくにこにこと言う。
「写真を撮ってもいいですか?」
「良かったらお撮りしますよ」
 そう言ってもらえたので、スマホのカメラを起動して預ける。
 全身が入った一枚を見て、紗都の気分はさらに上がった。
「……でも、着るタイミングがないんです。今日は買うのやめます」
 店員はにこやかに了承し、脱がせてくれた。
 今から思うに、ここがひとつ目の運命の分かれ目だったと思う。もし押し売りされていたら着物が嫌いになっていただろう。
 家に帰っても忘れられなかった。
 たぶん着付けは動画を見ればなんとかなる。