「まるでお客様のために作られた反物みたいです」
「とっても品がよくて」
「こちらの帯だと粋な着こなしですけど、紺色の帯だと上品になりますね」
「マイサイズのお仕立てだと着やすい上に着崩れもしにくくて」
 次から次へと店員に畳み掛けられ、紗都は気圧される。

 正直、これが嫌で店員に見つかりたくなかったところもある。
「あの、電車の時間が……」
「あら大変」
 言いながら、店員は次の帯を持ってくる。
「早くお似合いの帯を決めないと」
「い……いらないですっ」
 なんとかはっきり言うと、店員は残念そうに眉を下げた。

「今ならとってもお得なんですよ。この反物、売上の黒字は出てるので、九十パーセントオフにできるんです。本当なら百万はするんですよ」
 紗都は顔をひきつらせた。こういう営業トークはどこまでが本当なのかわからない。しつこく買うように迫る店が多いから、余計に仕立てる気にはなれなくてプレタばかりを買っている。

「お金ないので」
「今なら月額で……」
「いらないです。早くしてください」
 何度も言うとようやく反物を片付けてくれて、紗都は慌てて店を出る。

 急いで駅に行って改札をくぐり、階段を駆け上がる。
「……行き、まもなく発射いたします。駆け込み乗車はご遠慮ください」
 ホームに着いた瞬間、プシューと音がして眼の前で扉がしまった。

「走ったのに」
 紗都はがくりとこうべをたれた。だらだらと流れた汗がぽたりと落ちて、地面に黒い染みを作った。