九月に入ってもまだ暑い。
 出勤するだけで一日分の汗が流れたかのようにびしょびしょになって疲れ果てる。
 辿り着いた職場の冷房で涼んでいると、ぐったりした千与加が出勤してきた。

「いつになったら涼しくなるんですかねえ。あ、昨日は仕事を手伝ってもらってありがとうございます」
「いいよ別に。ほんと暑いよね」
 千与加のぼやきに紗都は同意する。

「夏って呪いみたいです」
「どういうこと?」
「思いつきで言ってるから意味はないです。それより秋が行方不明。捜索願を出さないと」
 隣席でノートパソコンを立ち上げながら千与加が言い、紗都は苦笑した。

 着物は十月からは五月は(あわせ)、七、八月は絽や紗、浴衣、六月と九月は単衣を着るものとされている。
 だがこれほど暑いと単衣では熱中症になりそうだ。誰が作ったルールか知らないが、まったく今の季節の実情に合ってはいない。

 黎奈なら気にせず着たいものを着るだろうし、浴衣を着物風に着るのもうまいからいろんな着こなしをするだろう。
 紗都にはそんな勇気はない。単衣の季節と言われたらそれでないといけない気がする。

 だが、単衣のポリエステルの既製品(プレタ)の着物はなかなか売ってないから持っていない。だから九月は着物が着られない。

 運良く単衣のプレタが売ってないかな。
 仕事を終えると駅前の商業ビルに行き、いつも遠目で見るだけの着物店に寄ってみた。