「あら、お着物なの、素敵ね」
 通りすがりの老婦人に声をかけられ、紗都はびくっとした。

「若い人が着物を着てくれるのって嬉しいわ。とても似合ってらっしゃる」
「ありがとうございます」
 黎奈が慣れた様子で礼を言い、紗都も慌ててお礼を言った。

「お邪魔してごめんなさいね」
 ご婦人はにこにこと去っていった。

「急に話しかけられてびっくりした」
「着物着てるとあるのよねー」
 黎奈は慣れているのか平然としている。

「一瞬、噂の着物警察かと思っちゃった」
 着物警察とは、通りすがりに着物を着ている若い女性をターゲットに着物マウントをかましてくるおばさま方を指して言う。帯が曲がっているとか襟の抜きが足りないとか言いながら勝手に着物を触って来るケースもあり、敬遠されている。

「それもたまに出没するね。着物にブーツで大正コーデをしてたら『着物にブーツなんて!』って怒鳴られたことがあるわ」
 黎奈がうんざりしたように言う。

「そういう人に限って着てないって噂だけど」
「ふだんから着物を着てる人って、むしろ現代的な着方がいいわねって言ってくれたりすることが多いよ」