「ちょっとそこ! わたしを差し置いてふたりだけの世界を作らないこと」
完全に脇役に戻りかけていたわたくしたちのもとへ明るい日差しが差し込んでくる。
「ああもう、本当に。君たちが揃うと油断も隙もないね。久しぶりにノエルに会えるのは嬉しいけど、わたしのときにもその顔を見せてほしいものだよ、シルヴィ」
向けられた笑顔はにっこりと、あくまで優美で優しいが、あまりに圧倒的すぎてロジオンと共に言葉を失ったわたくしは背筋を改めて伸ばすこととなる。
「まぁ、お兄様、ずいぶんと余裕のない発言ですわね。大人げない男は嫌われますわよ」
その場で唯一、全く動じる様子のないエヴェレナ様だけは大袈裟に驚いてみせ、割って入ってこられる。
「わたくしは素敵だと思うわよ。騎士と姫君の禁断の恋物語だなんて」
うっとりと頬を染め、長いまつげがアーチを描く瞳を閉じる。
すっと伸びた長い指を胸元に添えられる様子はまるで天使を表現した絵画のようだ。
「レディ・カモミールの作品でいつか拝見したいと思っているくらいよ」
殿下のお心遣いからなのか、エヴェレナ様はその正体を知らないはずだけど、時たまその作家の名を口にされることがあり、どきりとさせられることがある。しかしながら、
「ああ、エヴェレナ様! 同感ですわ」
今回ばかりはわたくしも乗り出してしまう。
「わたくしも、わたくしもいつかそのような物語に巡り合いたいと思っておりました」
書きたい。
書きたいと思っていたのだ。
もちろん、書き手がわたくしであるとは言えないし、その騎士のモデルにはかの男しか思いつかないのだけど。
「身分の違う姫君を想う孤高の騎士の秘めたる恋心……この上なく魅力的だと思います」
思わず声を上げたわたくしに、ロジオンはやれやれ……といった様子でまた一歩下がり、そのかわりにさきほどまで唖然とした様子で見守ってくれていた殿下に両腕を掴まれることになる。
「ちょっ、ちょっと……シルヴィ、ま、まさか、そんな風に騎士と恋をしたい願望があるなんてことは……」
「いえ、わたくしが、というよりもその題材で綴られる物語ならば素敵だなぁと思いまして」
そんな物語をずっと想像していた。
わたくしではなく、ロジオンと彼が忠誠を誓った妖精姫との物語である。
「それならいいんだけど……」
膝をついてわたくしと視線を合わせてくださる紳士的な王子様は、はぁ~、と脱力気味にため息をつく。
サラッと揺れるアッシュゴールドの髪の毛までもが美しい。
「お兄様、お姉様に限りませんわ。騎士という存在はいつもとても頼りになり、守られる側にとってはそれはもうとてもとても素敵な存在なのですよ」
エヴェレナ様のお言葉にすまし顔のロジオンからぱぁーっと明るい花びらが飛び散ったように思えたのは気のせいでしょうか。
「だからお兄様、お姉様のことを今までのようにほったらかしになさるおつもりならどうなるかわからなくてよ」
「ああ、シルヴィ、今まで君がノエルとして見てきた世界については改めて説明させてもらうからね」
エヴェレナ様の意見を完全に無視して、殿下は切なげに眉尻を下げる。わたくしの腕に添えられた手にぐっと力がこもる。
しっかりと見つめられた薄紫色の双方はまるで宝石のようだ。
「気にしておりませんわ、殿下」
「シルヴィ……」
「殿下がおモテにならないはずがございませんもの。心得ております」
その方が物語にもなる。
「シルヴィ!!」
そう笑い返すと、殿下はさらに困った面持ちでしがみついてくるため、エヴェレナははぁーっとため息をつかれていたし、ロジオンはそのお顔を見て満足そうに微笑んでいて、わたくしはわたくしでふわふわとした心地になっていた。
(ああ、楽しいわね……)
そう思えるのは、こうして今までになかった明るい世界が目の前に広がっているからかしら。
殿下のお声がだんだん遠くなっていくのを感じながら、ぼんやり周囲を見渡し、考える。
「まぁまぁ。さすがのヘイデン殿下もシルヴィアーナ様には形無しのようね」
そこへクスクスと笑いながらゆったりと入室してこられるのはアイリーン様とグレイス様である。
「おい、グレイス。さも当たり前のようにシルヴィの部屋へ入ってこないでいただきたいね」
「お言葉ですが、ヘイデン様。お時間でございます」
「一体何の時間なのかな」
「あなただけに張られたここから弾き出される結界がもうすぐ発動します。怪我をなさる前に待避いただきたく……それに、レディの部屋にいつまでもいらっしゃるのはいかがなものかと」
「わたしは彼女の婚約者だからね! なぜわたしにだけ結界が張られているのか説明してほしいものだよ」
隣で殿下とグレイス様がいつものように言い争いを繰り広げている中、わたくしは思わず立ち上がり、頭を下げる。
「あ、アイリーン様! ご、ご無沙汰しております!」
いつものように。
「まぁ、シルヴィアーナ様……いえ、ノエル、お久しぶりね。今の生活に困ったことはないかしら?」
白金色のボブヘアーを一切乱すことなくふわりと揺らし浮かべられる女神のような微笑みがやっぱり眩しくて、頬から全てがとろけてしまいそうだ。
「あ、ありません!」
何度見たって慣れることはない。
(それにしても……)
いつの間にやらわたくしのお部屋はずいぶん美しい光景がずらりと並び、こういう光景のことを『目の保養』というのかもしれないとしみじみ考えさせられる。
目で追うだけで幸せで、なおかつ様々な物語が生まれては消えることを繰り返す。
思わず口角を上げながら、わたくしはそのにぎやかな様子をただただ見守るのであった。
今宵も早くペンを握りたいと願いながら。
完全に脇役に戻りかけていたわたくしたちのもとへ明るい日差しが差し込んでくる。
「ああもう、本当に。君たちが揃うと油断も隙もないね。久しぶりにノエルに会えるのは嬉しいけど、わたしのときにもその顔を見せてほしいものだよ、シルヴィ」
向けられた笑顔はにっこりと、あくまで優美で優しいが、あまりに圧倒的すぎてロジオンと共に言葉を失ったわたくしは背筋を改めて伸ばすこととなる。
「まぁ、お兄様、ずいぶんと余裕のない発言ですわね。大人げない男は嫌われますわよ」
その場で唯一、全く動じる様子のないエヴェレナ様だけは大袈裟に驚いてみせ、割って入ってこられる。
「わたくしは素敵だと思うわよ。騎士と姫君の禁断の恋物語だなんて」
うっとりと頬を染め、長いまつげがアーチを描く瞳を閉じる。
すっと伸びた長い指を胸元に添えられる様子はまるで天使を表現した絵画のようだ。
「レディ・カモミールの作品でいつか拝見したいと思っているくらいよ」
殿下のお心遣いからなのか、エヴェレナ様はその正体を知らないはずだけど、時たまその作家の名を口にされることがあり、どきりとさせられることがある。しかしながら、
「ああ、エヴェレナ様! 同感ですわ」
今回ばかりはわたくしも乗り出してしまう。
「わたくしも、わたくしもいつかそのような物語に巡り合いたいと思っておりました」
書きたい。
書きたいと思っていたのだ。
もちろん、書き手がわたくしであるとは言えないし、その騎士のモデルにはかの男しか思いつかないのだけど。
「身分の違う姫君を想う孤高の騎士の秘めたる恋心……この上なく魅力的だと思います」
思わず声を上げたわたくしに、ロジオンはやれやれ……といった様子でまた一歩下がり、そのかわりにさきほどまで唖然とした様子で見守ってくれていた殿下に両腕を掴まれることになる。
「ちょっ、ちょっと……シルヴィ、ま、まさか、そんな風に騎士と恋をしたい願望があるなんてことは……」
「いえ、わたくしが、というよりもその題材で綴られる物語ならば素敵だなぁと思いまして」
そんな物語をずっと想像していた。
わたくしではなく、ロジオンと彼が忠誠を誓った妖精姫との物語である。
「それならいいんだけど……」
膝をついてわたくしと視線を合わせてくださる紳士的な王子様は、はぁ~、と脱力気味にため息をつく。
サラッと揺れるアッシュゴールドの髪の毛までもが美しい。
「お兄様、お姉様に限りませんわ。騎士という存在はいつもとても頼りになり、守られる側にとってはそれはもうとてもとても素敵な存在なのですよ」
エヴェレナ様のお言葉にすまし顔のロジオンからぱぁーっと明るい花びらが飛び散ったように思えたのは気のせいでしょうか。
「だからお兄様、お姉様のことを今までのようにほったらかしになさるおつもりならどうなるかわからなくてよ」
「ああ、シルヴィ、今まで君がノエルとして見てきた世界については改めて説明させてもらうからね」
エヴェレナ様の意見を完全に無視して、殿下は切なげに眉尻を下げる。わたくしの腕に添えられた手にぐっと力がこもる。
しっかりと見つめられた薄紫色の双方はまるで宝石のようだ。
「気にしておりませんわ、殿下」
「シルヴィ……」
「殿下がおモテにならないはずがございませんもの。心得ております」
その方が物語にもなる。
「シルヴィ!!」
そう笑い返すと、殿下はさらに困った面持ちでしがみついてくるため、エヴェレナははぁーっとため息をつかれていたし、ロジオンはそのお顔を見て満足そうに微笑んでいて、わたくしはわたくしでふわふわとした心地になっていた。
(ああ、楽しいわね……)
そう思えるのは、こうして今までになかった明るい世界が目の前に広がっているからかしら。
殿下のお声がだんだん遠くなっていくのを感じながら、ぼんやり周囲を見渡し、考える。
「まぁまぁ。さすがのヘイデン殿下もシルヴィアーナ様には形無しのようね」
そこへクスクスと笑いながらゆったりと入室してこられるのはアイリーン様とグレイス様である。
「おい、グレイス。さも当たり前のようにシルヴィの部屋へ入ってこないでいただきたいね」
「お言葉ですが、ヘイデン様。お時間でございます」
「一体何の時間なのかな」
「あなただけに張られたここから弾き出される結界がもうすぐ発動します。怪我をなさる前に待避いただきたく……それに、レディの部屋にいつまでもいらっしゃるのはいかがなものかと」
「わたしは彼女の婚約者だからね! なぜわたしにだけ結界が張られているのか説明してほしいものだよ」
隣で殿下とグレイス様がいつものように言い争いを繰り広げている中、わたくしは思わず立ち上がり、頭を下げる。
「あ、アイリーン様! ご、ご無沙汰しております!」
いつものように。
「まぁ、シルヴィアーナ様……いえ、ノエル、お久しぶりね。今の生活に困ったことはないかしら?」
白金色のボブヘアーを一切乱すことなくふわりと揺らし浮かべられる女神のような微笑みがやっぱり眩しくて、頬から全てがとろけてしまいそうだ。
「あ、ありません!」
何度見たって慣れることはない。
(それにしても……)
いつの間にやらわたくしのお部屋はずいぶん美しい光景がずらりと並び、こういう光景のことを『目の保養』というのかもしれないとしみじみ考えさせられる。
目で追うだけで幸せで、なおかつ様々な物語が生まれては消えることを繰り返す。
思わず口角を上げながら、わたくしはそのにぎやかな様子をただただ見守るのであった。
今宵も早くペンを握りたいと願いながら。