見慣れていたものだったのに。

 目にするたびに安堵できる色だったのに。

 その瞳の前に、わたくしは動けなくなる。

「あ……あの……」

 今まで……今までどんな風に話しかけていたのだろうか。声が震えるのがわかる。

 こんばんは、と言うべきなのかしら?

 どうやって近づけば、どうやって笑いかければ……いいのかしら?

 そう考えて動けなくなってしまう自分自身が嫌になる。

「遅かったね」

「えっ……」

 わたくしの気も知らず、ゆっくりと立ち上がる彼はあまりに自然で、ぐっと息を呑む。

「ろ、ロジ……」

「今日はもう来ないのかと思ったよ」

「ロジ……ロジオン……」

「ん?」

 そんなまさか……と目頭が熱くなる。

「どうかしたの? ……ノエル」

(あっ……)

 その名を呼ばれて初めて、宙に浮いていた感覚から地に足がついた感覚に変わった。

 ずっとずっと心だけがふわふわしていて、自分が自分でない感覚だった。だけど……

「わ、わかるのですか?」

「え?」

「わかるのですか? わた……わたしのこと……」

(ロジオン……)

 祈るような気持ちだった。

「わかるよ」

 それでも、彼は何でもないと言うように続けた。

「君のことを僕がわからないなんてこと、あった?」

(ああっ……)

「……なっ、なかったけど」

 どこにいても、どんなときもこの人だけは必ずわたしのことを見つけてくれた。でも……

「だけど、どうして君がわかるかって?」

「ろ……ロジオン……」

 静かに伏せられた瞳がほんの少し迷っているようで、わたしの言いたいことを彼は理解しているのだと悟る。

「ぼくはある程度強い魔力の持ち主には敏感なんだよ。君はとても強い魔力で自身を覆っていたし、すぐにわかるよ」

 と、肩をすくめるロジオン。

「それに君の周りには、いつも妖精たちが飛んでいるからね」

「よ、妖精たち……?」

 わたしには見えないけど、とあたりを見渡すわたしに、ロジオンは笑った。

「その姿が、本当の姿ってところかな?」

 ほんの少し、寂しそうな笑顔で。

「驚いたよ。うん。すごい、なんていうか、今日はとっても華やかだね。きっと君は……」

「ロジオン……」

 こらえていたけど耐えられず、涙があふれてしまう。

「ロジオン……わたし……わたしは……」

「はじめまして、と言わなければいけないと思うんだけど、僕は言わないよ」

 何事もなかったように木の根元にまた腰を下ろし、手招きをしてくる彼はいつもと全く変わらない。

「こんな風に堂々と隣りに座ってもいいのかもわからないけど」

「か、構わないわ! わたしはノエルだもの!」

 涙を拭ってわたしはその隣に腰掛ける。

 ずっとずっと、変わらない姿なのである。

 ごわごわとしたドレスや長い髪がまとわりついて座りにくいけど、気にしない。

「わたしは客観的に王宮を眺めて、その出来事を綴る。そんな些細なことを楽しみに生きているいち脇役(モブキャラ)のノエルよ! 何も変わらないわ!」

 ロジオンがあまりにも普通に接してくれたことへの安堵感からか、油断をしたらまた泣いてしまいそうになるけど、そこはぐっとこらえて胸元でこぶしをにぎる。

「ロジオンが、ロジオンがわたしのことを忘れていたらどうしようかと、不安でたまらなかったわ」

「いや、僕としてはそのキラキラした容姿でノエルよ! と言われても、落ち着かないのは正直なところなんだけどね」

「あ、相変わらずデリカシーのない男ね」

 クスクス笑うロジオンに思わず声を上げてしまう。

 きっとわたし、シルヴィアーナの出したことのないほどの大きな声だ。

「僕と君の仲で今更、デリカシーもなにもないでしょ……なぁんて言ったら今は袋だたきにあいそうだけど」

 そして、ロジオンはすうっと息を吐いて空を見上げた。

「いろいろと辻褄があったよ」

「えっ?」

「君が、ランバドルの宝石姫だね」

「宝石姫?」

「ノエルがいつも自慢してた」

「そっ! それは……」

 わたし(シルヴィアーナ)としては、もっとも良き理解者でもっとも心強い唯一の味方が欲しくて、そして生まれたのがノエルだったのだけど、要するに今までのわたしはもうひとりの自分として自画自賛していたと言う恥ずかしい事実を今更ながら突きつけられて顔を覆いたくなる。

「はじめましてだね、シルヴィアーナ様」

「なっ!」

 それは言わないって言ったのに!と頬をふくらませると、一度お会いしてみたかったんだよ、とロジオンは笑った。