「殿下はお優しいから、わたくしのことを想って突き放そうとしてくださった」
わたくしが彼の瞳を見つめると、薄紫色の瞳が悔しそうに歪むのがわかった。
(ああ……)
きっと図星なのだろう。
(あの頃と変わらないわね)
久しぶりにしっかりとこのお方と向き合えたような気がする。
父上が縁談の話を持ってきたとき、当初婚約者候補として名が上がっていたルイス様のお人柄もご人望もよく知っていたし、彼は申し分のない最高の婚約者候補だった。
それでも、それでもわたくしは、あの手この手で頼み込み、この王子様を選んだのだ。
「ノエルを通して、見ておりました」
余裕綽々の仮面を被った、本当は繊細でとても脆い人。
「あなたはいつも、わたくしの正体を知った上でそれを明かすことなくただただ見守ってくれていましたから。いついかなるときも、自由にさせてくださったことに感謝致します」
思い出せばギリギリの範囲でしっかり監視はされていたと思う。
それでも夜な夜な好きなことをさせてくれた。
新しい世界に触れさせてくれた。
「わたくしのことをご存知なのは……」
「アイリーンとグレイスだ」
言いづらそうに、それでもしっかり述べられた殿下のお声に、やはり、と妙に納得をしてしまう。
「……そうでしたか」
彼らもいつも、殿下とともにわたくしのそばにいてくれた。
できる範囲内で助けてくださった。
わたくしにとって、アイリーン様は……
「シルヴィ……」
「もちろん、今ならば、あなたに出ていけと言われるなら、わたくしは出ていく覚悟はできております」
「えっ!?」
「ここから出て他に嫁げとおっしゃるのなら、父上に相談し、検討いたします。さすがにかつての候補であったルイス様にお声がけするのは難しいと思いますので、別の場所へ移ることになるとは思いますが、でも……」
そして顔をあげると、ずいぶんと明るい景色が見える。
「今ならひとりでも生きていける気がします」
ここが宝の山である殿下の書庫だということはもちろん、色を失ったわたくしの世界が少しずつ彩られて見える。
(ああ……美しい……)
これが、あなたの見ていた世界なのね。そう思う。
「ちょっ、ちょっと待って、シルヴィ!」
清々しい気持ちで前を向くわたくしの両肩を慌てたようにヘイデン様が掴んでご自分の方に向かせるものだから、わたくしは少し驚いて動きを止める。
「シルヴィ、わたしはもう君を追い出そうとなんてしていないよ! むしろこれからはわたしの側で……って、ずいぶん勝手なことを言っているのはわかるけど……」
その声はあまりにも切実で弱々しい。
こうしてお話をしたのはいつぶりだったか、忘れてしまったけれども、不器用なこのお方に思わず頬が緩みそうになるのをぐっとこらえ、口を開く。
「ノエルが言っていたのです。あなたは夜な夜な様々なお花を愛でるのに忙しいのだと」
「えっ、ノエルが?」
「わたくしも、あなたの大切なお花のひとつになれるかしら」
そっと彼の頬に触れると、
「君以外の花なんてないよ……」
と彼はしがみついてきた。
「ノ、ノエル、ひどいじゃないか!」
駄々っ子のようにいやいやしながらわたくしの肩に頭を埋め、殿下は、変わらぬ口ぶりでそう口にする。
いつもの余裕で格好いい王子様像はどこへやら。
これでは良い物語は書けないわ。
そう自然と考えてしまった自分にも思わず笑ってしまいそうになった。
「もう一度、チャンスが欲しいんだ」
絞り出すような声でヘイデン様が告げてくる。
「今度は、必ず君を守るから」
背に腕を回したまま、彼はわたくしの瞳を覗き込む。
目の前の薄紫色の瞳には長い銀髪の美しい女性が映っている。
「二度と君を悲しませたりはしない」
だから、と告げ、彼はその唇をそっとわたくしの頬に触れる。
見つめられるたびに美しくも整った殿下のお顔に吸い込まれそうになったけど、それでも少しずつ近づけられた彼の唇がわたくしの唇が軽く触れるか触れないかのときに、
『きゃぁぁぁぁあぁ!!』
と内心で大きな声がして、思わず、
「ちょっ、お戯れはおよしくださいませ、ヘイデン様っ!」
と言ってしまった。
打ち解けたその物言いは、わたくしと彼が築いてきた物語ではなく、彼は彼でやっぱり何かを思い出したように瞳を見開いたけど、それからは何も言わず、ただぎゅっとわたくしを抱きしめてくれたのだった。
わたくしが彼の瞳を見つめると、薄紫色の瞳が悔しそうに歪むのがわかった。
(ああ……)
きっと図星なのだろう。
(あの頃と変わらないわね)
久しぶりにしっかりとこのお方と向き合えたような気がする。
父上が縁談の話を持ってきたとき、当初婚約者候補として名が上がっていたルイス様のお人柄もご人望もよく知っていたし、彼は申し分のない最高の婚約者候補だった。
それでも、それでもわたくしは、あの手この手で頼み込み、この王子様を選んだのだ。
「ノエルを通して、見ておりました」
余裕綽々の仮面を被った、本当は繊細でとても脆い人。
「あなたはいつも、わたくしの正体を知った上でそれを明かすことなくただただ見守ってくれていましたから。いついかなるときも、自由にさせてくださったことに感謝致します」
思い出せばギリギリの範囲でしっかり監視はされていたと思う。
それでも夜な夜な好きなことをさせてくれた。
新しい世界に触れさせてくれた。
「わたくしのことをご存知なのは……」
「アイリーンとグレイスだ」
言いづらそうに、それでもしっかり述べられた殿下のお声に、やはり、と妙に納得をしてしまう。
「……そうでしたか」
彼らもいつも、殿下とともにわたくしのそばにいてくれた。
できる範囲内で助けてくださった。
わたくしにとって、アイリーン様は……
「シルヴィ……」
「もちろん、今ならば、あなたに出ていけと言われるなら、わたくしは出ていく覚悟はできております」
「えっ!?」
「ここから出て他に嫁げとおっしゃるのなら、父上に相談し、検討いたします。さすがにかつての候補であったルイス様にお声がけするのは難しいと思いますので、別の場所へ移ることになるとは思いますが、でも……」
そして顔をあげると、ずいぶんと明るい景色が見える。
「今ならひとりでも生きていける気がします」
ここが宝の山である殿下の書庫だということはもちろん、色を失ったわたくしの世界が少しずつ彩られて見える。
(ああ……美しい……)
これが、あなたの見ていた世界なのね。そう思う。
「ちょっ、ちょっと待って、シルヴィ!」
清々しい気持ちで前を向くわたくしの両肩を慌てたようにヘイデン様が掴んでご自分の方に向かせるものだから、わたくしは少し驚いて動きを止める。
「シルヴィ、わたしはもう君を追い出そうとなんてしていないよ! むしろこれからはわたしの側で……って、ずいぶん勝手なことを言っているのはわかるけど……」
その声はあまりにも切実で弱々しい。
こうしてお話をしたのはいつぶりだったか、忘れてしまったけれども、不器用なこのお方に思わず頬が緩みそうになるのをぐっとこらえ、口を開く。
「ノエルが言っていたのです。あなたは夜な夜な様々なお花を愛でるのに忙しいのだと」
「えっ、ノエルが?」
「わたくしも、あなたの大切なお花のひとつになれるかしら」
そっと彼の頬に触れると、
「君以外の花なんてないよ……」
と彼はしがみついてきた。
「ノ、ノエル、ひどいじゃないか!」
駄々っ子のようにいやいやしながらわたくしの肩に頭を埋め、殿下は、変わらぬ口ぶりでそう口にする。
いつもの余裕で格好いい王子様像はどこへやら。
これでは良い物語は書けないわ。
そう自然と考えてしまった自分にも思わず笑ってしまいそうになった。
「もう一度、チャンスが欲しいんだ」
絞り出すような声でヘイデン様が告げてくる。
「今度は、必ず君を守るから」
背に腕を回したまま、彼はわたくしの瞳を覗き込む。
目の前の薄紫色の瞳には長い銀髪の美しい女性が映っている。
「二度と君を悲しませたりはしない」
だから、と告げ、彼はその唇をそっとわたくしの頬に触れる。
見つめられるたびに美しくも整った殿下のお顔に吸い込まれそうになったけど、それでも少しずつ近づけられた彼の唇がわたくしの唇が軽く触れるか触れないかのときに、
『きゃぁぁぁぁあぁ!!』
と内心で大きな声がして、思わず、
「ちょっ、お戯れはおよしくださいませ、ヘイデン様っ!」
と言ってしまった。
打ち解けたその物言いは、わたくしと彼が築いてきた物語ではなく、彼は彼でやっぱり何かを思い出したように瞳を見開いたけど、それからは何も言わず、ただぎゅっとわたくしを抱きしめてくれたのだった。