「君は、はみ出しもののわたしではなく、人柄もよく人望も厚い兄上と結ばれたほうが幸せになれると、そう思っていたんだ」

 殿下の声が遠くに聞こえる。

(ああ、そうだった……そうだったわ……)

 愛しの人の待つ、ネイデルマーク国の王宮へと向かった。

 今は反対をしていても、きっと会えば昔のように分かち合える。

 そう思ってわたくしは疑わなかったのだ。

 向かった先で目にした光景は、わたくしの心を動揺させるには十分だった。

 逞しい従者たちや美しい術師の女性、様々な人間たちに囲まれていた輝く彼は、わたくしのよく知る繊細なあの天使のような少年ではなくなっていた。

 そして、言ったのだ。

『シルヴィアーナ、わたしは君と結婚することはできない』と。

 迷いのない真っ直ぐな瞳で彼はきっぱりと言い放ったのだ。

 そうして、気づいたらわたくしは、唯一の光を見失い、暗闇に迷い込んでしまった。

「シルヴィ、わたしは……」

 ごめん、とまた彼は繰り返す。

「ノエルに初めて会ったとき、わたしは自分の行いをひどく後悔した。きっと何度謝っても足りやしない。わたしは、君をひどく傷つけ、取り返しの付かないことをしたんだ」

 とてもとても切ない、こちらまで胸が張り裂けてしまいそうな、今にも泣いてしまいそうな声だ。

 ああ……と、ぎゅっと強く強くわたくしを抱く彼の胸に頬を寄せ、ただただ涙を流していた。どうしたらいいのか、わからない。

(そうよ……同情ならば……)

『おバカですね! シルヴィアーナ様!』

(えっ……)

 どこからともなくその声は聞こえ、目を見張る。

(ノ、ノエル……)

『あっ! 失礼しました! わたし……いえ、わたくし、ノエルと申します!! あ、あなたさまの侍女のひとりで、あなたさまを誰よりもお慕い申しております!!』

 キャー!と脳内で彼女の声は今までにない音量で木霊していた。

(滑稽だこと……)

 自分が作り上げたというのに、こんなときにまで、自分自身を励まそうとするなんて。

『ねぇ、シルヴィアーナ様……』

 それでも彼女は語りかけてくる。

 いつもと変わらない様子で。

『あなた様なら、もうおわかりでしょう』

(えっ……)

『ヘイデン様が、あなたのことを本当はどう思っているかなんて……』

 そりゃ、ちょっとは夜遊びぐせがお盛んなようですけど、いや、だいぶかしら……などとぶつぶつ言いつつも、彼女は楽しそうな声で続ける。

『わたしは知っています。ヘイデン様は、いつもあなた様のことを大切にしていましたよ』

 そうして、その声はゆっくりと消えていく。

(ノエル……)

『シ……ルヴィアーナ様……』

 その声は、心なしか嬉しそうだった。

(ええ、そうね……)

 わかっていた。

 わかっていたわ。

「殿下……」

「え?」

「あなたがなぜわたくしを受け入れてくださらなかったのか、今のわたくしには理解できております」

 涙を拭って身を起こす。

 ええ、そうよ。

 こんな、情けない姿をしていたら怒られてしまうわ。

 もうひとりのわたくし(ノエル)に。