「え?」

 ずいぶんと至近距離に迫ったヘイデン様の美顔に胸をドキドキさせられながら、思わず顔を上げてしまう。

「ヘイデン様……今、なんと?」

(あ、あい……愛……愛して……えっ?)

 いろいろと突っ込みどころはあった。

 もちろん、この体勢もそうだ。

 大切そうに引き寄せられ、ヘイデン様の熱をこの身に感じているなんて。

(でも、それよりも……)

 たしかに。

 たしかに今、彼の言葉は、わたしではない誰か、別の人のものを呼んでいた。

 そして、そのお方はここにはいない。

「君が笑ってくれるのなら、それで喜んでくれるのなら、自由にしてほしいと思っていた。でも……」

 彼はせつなそうに続ける。

「これからは、今まで以上に強化を重ねて君を守らないといけなくなるんだ、わかってほしい」

 シルヴィ……と。

 そう彼は繰り返すように言った。

(ど、どういうこと?)

 目眩がした。

 聞き返すことさえ、ありえないと思った。

 だけど、

「ど、どこに、シルヴィアーナ様が……」

 わたしは自分の息が荒くなるのを感じる。

 どこに、シルヴィアーナ様が……

 あのお方は、ここにはいない。

 ここにはいないじゃない。

(うそだ……)

 そんなはずない。

 いつも、いつもいつもいつも、わたしはあの方の背中を見てきたのだ。

 そして、ともに時間を歩んできたのだ。

 そんなはずがない。

 だけど、ヘイデン様は、今、わたしのことをシルヴィと呼んだ。

 それは彼がずっと彼女を慈しんで呼んでいた彼女の愛称で。

「ど、どうして……」

 そんな大切な愛称をわたしに向けて呼ぶなんて……は、吐気がした。

 ……違う。

 わたしはノエル。

 ノエルよ。

 ノエル・ヴィンヤード!!

 それがわたしの名前よ。

 シルヴィアーナ様付きの侍女で、足が遅くて、自由時間は夜の八時から。

 本を読むことと文章を書くのが大好きで、背丈は……

(あれ?)

 髪は…… 髪の色は…… 目の色は……

 年齢は…… 見た目は……

 出てこない。

 シルヴィアーナやヘイデン様たちにお会いしていない日は何をしているのかと、思い出そうとしてもわからない。

(ま、まさか……)

「あっ……」

 するんと、長く美しい、ずっと憧れていた真っ直ぐな銀色の髪の毛がわたしの胸元にゆっくりと流れ落ちる。

「ど、どうして……」

「ノエル・ヴィンヤードは、君が作った、君のキャラクターなんだよ」

 そう告げるヘイデン様の声が、ひどく遠くに聞こえた。