「アイリーン、君は最低だね」

「ええ、なんとでもおっしゃってくださいませ」

 先程からアイリーン様とヘイデン様の口論が繰り広げられる中、わたしはその間に座らせてもらい、王宮の大広場の一番見晴らしの良い席に座って、今から公開されるというレディ・カモミールの処女作、『王宮浪漫日和(ロマンスデイズ) 〜失われた時間と勇者の伝説~』を観るためにスタンバイをしていた。

 もちろん、術師の盛大な尽力もあり、どのエリアでも観られることができるそうなのだけど、やはりこの大広場の集まり具合は格別だった。

 わたしは、身を挺してシルヴィアーナ様を魔物から救ったという功績を讃えられて、今回ヘイデン様の推薦のもと、一等席と呼ばれる特等席で自身の処女作を拝むこととなる。

 もっと書き直したい表現は山ほど……と嘆いても時すでに遅し。

 まさに、逃げることさえ許されない公開処刑だとしか思えなかった。

 そう。今日は誰もが心躍らせる星夜祭当日なのである。

 特に誰かにショールを渡す予定もショールを巻いて星を見る予定もないわたしはヘイデン様につれられて、この特等席にやってきたのだ。

 そこにはすでにアイリーン様とグレイス様もいて、お邪魔してもいいのだろうかとそわそわしてしまったけど、いらっしゃい、ノエル!とアイリーン様からの満面の笑みでの歓迎を受けてしまい、そこから離れるわけには行かなくなった。

 そして、彼らが口論を繰り広げる現在に至る。

「知ってるよね? わたしの目の色の布や毛糸はすべて盗まれたそうなんだよ」

「それがなんだというのですか?」

 あまりアイリーン様にその話題を出してほしくなく、わたしはひやひやとしてしまう。

 だけど、さすがはアイリーン様。

 彼女は彼女で負けてはいない。

「だから、今年の星夜祭に薄紫の色のショールを巻く人はほとんどいないし、それに……」

「他の方に巻かれて何が嬉しいのですか。またシルヴィアーナ様にお心を閉ざされてしまいますよ」

「シルヴィアーナさえも作ることができなかったんだよ。それなのに……」

「いえ、シルヴィアーナ様はもともとお作りになる様子はなかったそうです。侍女長のメリルが言っていたから間違いはないと思いますよ」

「もー! それなのに君がいつまで経っても結界を張り巡らして彼女からわたしを遠ざけて……仲直りできるものもできそうにないよ!」

 一国の王子とも思えないくらいの泣き言をもらすヘイデン様。

 そんな彼の口からいつの間にか自然と聞こえるようになった我らが姫君の名前に、思わず頬が緩んだ。

「シルヴィアーナ様は大丈夫ですよ」

 だからうきうきしながら言ってしまう。

「えっ? ノエル!! それは本当に? 本当に君はそう思う?」

「ヘイデン様、みなの前でいち侍女にそうベタベタとくっつくのはおやめください」

 グレイス様も突然の追い打ちをかけてきて、ヘイデン様をぐったり脱力させるには十分だった。

 いろんな女の子たちが頬を染めていて、いろんな男女が寄り添って王宮内を歩いている姿が目についた。

(ああ、羨ましいな……いつか、叶うものならわたしも……)

 そう思いながら、わたしは静かにその浮ついた王宮内の様子を少し高い位置から眺め、思わず微笑んでしまっていた。