「それで、キルギーさんの処罰はどうなったの?」
エヴェレナ様の突撃訪問が終了したあと、わたしは少しずつ気になったことをロジオンに聞いていく。
もちろん、わたしだって言わなくてはいけないことはたくさんある。
「彼は今、牢獄にいるよ。彼は怪盗バロニスの名を語った偽物だよ」
「偽物?」
「そうだよ。僕らを素っ裸にして可憐に犯行に及んだ本物の怪盗バロニスはもっと紳士的だったからね。盗んだものは本当にくだらないものだったけど」
「素っ裸にしてって……な、なんだか言葉だけで聞いてるとずいぶんといかがわしく聞こえるわね」
一体、怪盗バロニスに何をされたんだ。
加えて、そのくだらない盗難物も気になる。
しかもそのくだらないもののためにロジオンのいう素っ裸にされた近衛団のことを思うと、いささか同情したくもなる。
いろいろと勘ぐってしまうのは、わたしがただ単に他の人よりも想像力が優れているからではないはずだ。
「あれは怪盗バロニスではないと僕も思っていたんだよ」
と腕を組みながらひとりでうんうんとロジオンは続ける。
実は、怪盗バロニスのファンなのではないかと思える語りっぷりだ。
「それでもね、魔物に操られていたと言ってもね。彼が怪盗バロニスに扮して街で行っていたことは本当だったんだよ」
「えっ……」
「その弱い気持ちを魔物に付け込まれたんだろうねって言われているよ」
「そ、そんな……どうして、あの明るくて裏表のなさそうだったキルギーさんが……」
まったくもって信じられなかった。
「アイリーン様の想い人に嫉妬した、とかなんとか」
「え? アイリーン様の?」
想い人といえば、ヘイデン様ではなくって……彼女が身につけていた淡い緑色の瞳を持つ……
(あれ?)
すこぶる目つきの悪い淡い緑色の瞳を想像して、そのあとすぐになにかもうひとつ思い出しかけたような気がしたけど、続くロジオンの言葉にかき消された。
「いや、キルギーさんの思い違いだよ。いつもお側にいるヘイデン様とアイリーン様の関係を疑って、彼女が薄紫の毛糸を手に入れないように犯罪に手を染めてしまったらしいよ」
「なっ、なんてバカな……」
「僕もそう思うよ。だけど、アイリーン様を想って想って想い、恋焦がれて焦がれて、そんな彼の気持ちが、彼自身を変えてしまったんだろうね。人は強い理性のもと、善悪を判断して生きているつもりだろうけど、人間なんて弱い生き物だからね。ふとしたときにいつ僕らの心を悪の心が占領するか、わかったもんじゃないと思うんだよ。きっかけがあるかないか、その違いじゃないかな」
そんなことで……と思わず言ってしまいそうになったわたしは、ロジオンの深い言葉に何も言えなくなって口をつぐむ。
たしかに、そのとおりだ。
人は弱い。
弱い生き物なのだ。
わたしは、本気の恋をしたことなんてないけど、もしもキルギーさんのような立場になったら、その誘惑に打ち勝つことができるのだろうか。考えてしまって、胸が痛んだ。
「大丈夫だよ。ノエル」
「え?」
「君がもし、道を外しそうになっても、君のことは僕が止めてあげることができる。ヘイデン様もアイリーン様も、間違いなくね」
だから、と彼は瞳を細める。
「君はもう少し、周りの人に遠慮することなく自由に生きるといいと思うんだ」
「そ、そうかしら」
その言葉があまりにも嬉しくて、くすぐったくて、わたしはロジオンの顔が見れない。
でもきっと、わたしは大丈夫だ。
彼の言ってくれたとおり、何かあったらすぐにでも叱って止めてくれる仲間がいる。
「まさか、エヴェレナ様まで君に心を開いているとは思わなかったよ」
僕はそこまで君の話をしていないよ、本当だよ!とロジオンは必死に言い訳を繰り返す。
「みんな、君の魅力に惹かれていくよね」
すごいことだよ、とロジオンは肩をすくめる。
『これからもどうぞよろしく!』
と柔らかな笑顔を浮かべて何回も何回も握手を求められたのだ。
この手は二度と洗えないのではないかと思えるくらい良い香りがしたし、ロジオンが羨ましくてたまらないといった顔をしていたから吹き出しそうになった。
「まさか、エヴェレナ様と握手が叶うなんて……わたしの幸運がこれで……」
言いかけて、見つめた手のひらに違和感を覚えて目を凝らす。
「ね、ねぇ、ロジオン……これ……」
「ん?」
差し出したわたしの手をまじまじと眺め、ロジオンは口をあんぐりあけた。
それもそのはず、わたしの指のあたりが微かに黒く汚れていた。
それは、インクの黒なのだろうとわたしもロジオンもよくわかっている。
「ま、まさか……」
口をわなわなさせて動揺するロジオンは、あのとき勇ましく魔物に立ち向かった男とはまるで別人のようだ。
「まさか、エヴェレナ様が……」
疑惑は疑惑のままだ。
その真実は、本人のみぞ知る。
だけどわたしはまた、エヴェレナ様とお話ができる機会がありそうだと心を弾ませたのだった。
エヴェレナ様の突撃訪問が終了したあと、わたしは少しずつ気になったことをロジオンに聞いていく。
もちろん、わたしだって言わなくてはいけないことはたくさんある。
「彼は今、牢獄にいるよ。彼は怪盗バロニスの名を語った偽物だよ」
「偽物?」
「そうだよ。僕らを素っ裸にして可憐に犯行に及んだ本物の怪盗バロニスはもっと紳士的だったからね。盗んだものは本当にくだらないものだったけど」
「素っ裸にしてって……な、なんだか言葉だけで聞いてるとずいぶんといかがわしく聞こえるわね」
一体、怪盗バロニスに何をされたんだ。
加えて、そのくだらない盗難物も気になる。
しかもそのくだらないもののためにロジオンのいう素っ裸にされた近衛団のことを思うと、いささか同情したくもなる。
いろいろと勘ぐってしまうのは、わたしがただ単に他の人よりも想像力が優れているからではないはずだ。
「あれは怪盗バロニスではないと僕も思っていたんだよ」
と腕を組みながらひとりでうんうんとロジオンは続ける。
実は、怪盗バロニスのファンなのではないかと思える語りっぷりだ。
「それでもね、魔物に操られていたと言ってもね。彼が怪盗バロニスに扮して街で行っていたことは本当だったんだよ」
「えっ……」
「その弱い気持ちを魔物に付け込まれたんだろうねって言われているよ」
「そ、そんな……どうして、あの明るくて裏表のなさそうだったキルギーさんが……」
まったくもって信じられなかった。
「アイリーン様の想い人に嫉妬した、とかなんとか」
「え? アイリーン様の?」
想い人といえば、ヘイデン様ではなくって……彼女が身につけていた淡い緑色の瞳を持つ……
(あれ?)
すこぶる目つきの悪い淡い緑色の瞳を想像して、そのあとすぐになにかもうひとつ思い出しかけたような気がしたけど、続くロジオンの言葉にかき消された。
「いや、キルギーさんの思い違いだよ。いつもお側にいるヘイデン様とアイリーン様の関係を疑って、彼女が薄紫の毛糸を手に入れないように犯罪に手を染めてしまったらしいよ」
「なっ、なんてバカな……」
「僕もそう思うよ。だけど、アイリーン様を想って想って想い、恋焦がれて焦がれて、そんな彼の気持ちが、彼自身を変えてしまったんだろうね。人は強い理性のもと、善悪を判断して生きているつもりだろうけど、人間なんて弱い生き物だからね。ふとしたときにいつ僕らの心を悪の心が占領するか、わかったもんじゃないと思うんだよ。きっかけがあるかないか、その違いじゃないかな」
そんなことで……と思わず言ってしまいそうになったわたしは、ロジオンの深い言葉に何も言えなくなって口をつぐむ。
たしかに、そのとおりだ。
人は弱い。
弱い生き物なのだ。
わたしは、本気の恋をしたことなんてないけど、もしもキルギーさんのような立場になったら、その誘惑に打ち勝つことができるのだろうか。考えてしまって、胸が痛んだ。
「大丈夫だよ。ノエル」
「え?」
「君がもし、道を外しそうになっても、君のことは僕が止めてあげることができる。ヘイデン様もアイリーン様も、間違いなくね」
だから、と彼は瞳を細める。
「君はもう少し、周りの人に遠慮することなく自由に生きるといいと思うんだ」
「そ、そうかしら」
その言葉があまりにも嬉しくて、くすぐったくて、わたしはロジオンの顔が見れない。
でもきっと、わたしは大丈夫だ。
彼の言ってくれたとおり、何かあったらすぐにでも叱って止めてくれる仲間がいる。
「まさか、エヴェレナ様まで君に心を開いているとは思わなかったよ」
僕はそこまで君の話をしていないよ、本当だよ!とロジオンは必死に言い訳を繰り返す。
「みんな、君の魅力に惹かれていくよね」
すごいことだよ、とロジオンは肩をすくめる。
『これからもどうぞよろしく!』
と柔らかな笑顔を浮かべて何回も何回も握手を求められたのだ。
この手は二度と洗えないのではないかと思えるくらい良い香りがしたし、ロジオンが羨ましくてたまらないといった顔をしていたから吹き出しそうになった。
「まさか、エヴェレナ様と握手が叶うなんて……わたしの幸運がこれで……」
言いかけて、見つめた手のひらに違和感を覚えて目を凝らす。
「ね、ねぇ、ロジオン……これ……」
「ん?」
差し出したわたしの手をまじまじと眺め、ロジオンは口をあんぐりあけた。
それもそのはず、わたしの指のあたりが微かに黒く汚れていた。
それは、インクの黒なのだろうとわたしもロジオンもよくわかっている。
「ま、まさか……」
口をわなわなさせて動揺するロジオンは、あのとき勇ましく魔物に立ち向かった男とはまるで別人のようだ。
「まさか、エヴェレナ様が……」
疑惑は疑惑のままだ。
その真実は、本人のみぞ知る。
だけどわたしはまた、エヴェレナ様とお話ができる機会がありそうだと心を弾ませたのだった。