目覚めたとき、わたしは王宮の一室に寝かされていて、目が冷めた途端、そばに控えていたロジオンから雷のごとく、凄まじい勢いで怒られることとなった。

「えっ……わ、わたし……どうして?」

 わたしの記憶では、眠りにつく前のわたしはナイラスの街で勇者や巫女に出会った……そんな覚えがある。

「じゃあ、あの記憶は……すべて夢ってこと?」

 わたしの体験した出来事を事細かにロジオンに伝えたものの、返ってきたのはさらに激しい怒濤の言葉で、すべて打ち消された。

「何言ってるの? あの魔物に消されてすぐさまアイリーン様が君を連れ戻し、ここに寝かせたんだよ。まったく動かないし、生きた心地がしなかったよ!」

 そう叫ぶように声を荒げるロジオンは本当に心配してくれたようだ。今までこんな彼を見たことがなかっただけに、申し訳なく思う。

「僕が、どんな気持ちで……」

「ごめんなさい、ロジオン……」

 謝っても足りないと思う。

「約束を破ってしまって……」

 そして、彼にも怪我をおわせ、たくさん心配もさせた。

「本当だよ。絶対に許さないからね」

 そう言いながらもロジオンが強く抱きしめて来て、わたしもそれに応じるように瞳を閉じる。

「ごめんなさい。そして、助けに来てくれてありがとう……」

 感謝をしてもしきれない。

 彼はまっさきに助けに来てくれて、そして身を挺して守ってくれたのだ。

「いや、あの、そのことなんだけど……」

「ん?」

 ロジオンが何かを言いかけたところで扉が両サイドにバン!と開き、それはもう絵画からできたかのように麗しいお姫様が大きなリボンつけてフリルを揺らしながらそこに立っていたのだ。

「え、エヴェレナ様……」

 ほんの数秒の間もなく、彼はあわてて立ち上がり、彼女のもとに急ぐ。

 なんて忠誠心なんだろうかと、改めて笑えてくる。

 それにしても……

「わたくしはエヴェレナと申します!」

 なんて可愛らしいのだろうか。

 噂に聞いていた『妖精姫』はその名のとおり、ただそこにいるだけで春の光を盛大に放ち、背景を色とりどりのお花畑に変えていた。

 初めてこんなにもお近くで拝見して、圧倒されてしまう。

(さすがはヘイデン様の妹姫様……)

 こんな人間が、この世にいていいのか……などと思い、続く言葉に耳を疑った。

「はじめまして、ノエル、お会いしたかったのよ」

「へっ?」

 こんな麗しいお姫様の前にどこまでも間抜けな顔を晒すのだろうか、そう思えるほどわたしの顔は間抜けなものだったに違いない。

(えっ、えっとぉ……)

「お兄様からもロジオンからもよく伺っているわ。このたびは、あなたの無事を心からお喜び申し上げます」

 優雅に一礼するその姿までも美しく、見惚れるわたしはなにか返事して!と背中を全力でつついてくるロジオンにはっとして、立ち上がろうとする。……ものの、ふらついてまたベッドに逆戻りしてしまう。

「も、申し訳ございません、エヴェレナ様……」

「いいのよ。楽にしてちょうだい。あなたが大変だったことはわたくしもよく知っていましてよ」

 その頬は、なんとなくほんのり染まっている。

「ロジオン、あなたもいちゃついている暇があるのなら、わたくしにもご紹介してちょうだいっていつも言っているのに……」

「い、いちゃついてなんていませんよ!」

 そこまで必死になるか?と思うほどロジオンは全力否定をし、じとっとにらみつけるわたしに咳払いをして、

「ノエル、エヴェレナ様も君のことをとても心配してくれていたんだよ」

 とエヴェレナ様にだらしのない笑顔を向けつつ、説明をしてくれる。

(たしかに、こんなお姫様にならロジオンがデレデレしてしまうのもわかる気はするわね)

 考えただけでわたしも頬が緩んだ。

「エヴェレナ様、こんな状態であることをお許しください。わたくしは、シルヴィアーナ様にお仕えする侍女の……」

 そう言いかけて、ぞわっとした。

「ロジオン!」

 ここは、エヴェレナ様の御前だというのにそんなことさえすっかり忘れて、わたしは我を忘れたように叫んでいた。

「ねぇ、シルヴィアーナ様は? シルヴィアーナ様はどうなさったのよ!!」

 声を荒げるわたしに驚いたようにロジオンは瞳を見開いたけど、その口がわたしの聞きたい回答を述べるまでの間ももどかしく、一生分の長い時間に感じられた。