みんなが心配しているだろうな、と思いつつ、帰り方は明日また考えることとして、今日はこの街の宿で一晩お世話になることにした。

 体中がヘトヘトなのだ。

 きっとゆっくり休めるはずだとミコトが勧めてくれた。

 ここでこの勇者と巫女と名乗るお二人がまたまた敵で、わたしを陥れようとして優しくしてくれているのなら、わたしはもう完全な人間不信に陥ってしまいそうだけど、どちらにしても助かる見込みがないのなら、最後くらいは穏やかな環境で楽しんでやりたいと思う気持ちもある。

 だからわたしは、怪盗バロニスが本当にやってくるかだけ見届けて、ゆっくり休ませてもらうことに決めた。

 時刻はもうすぐ、日付が変わるころだった。

 ミコトのおすすめをしてくれた高台に登り、街やその奥にも広がる景色を膝を抱えてぼんやり眺めていた。

 わたしは、生まれてこの方、街を出たことがなかった。

 生まれたときからずっと王宮にいて、外に行く必要もなく、そして、こんなにも自由な世界を見ることはなかった。

 もちろん、今の生活が嫌なわけではない。

 全然心を開いてくれないシルヴィアーナ様に胸をいためることもあったりするけど、それでもあのお方に仕えることはわたしの誇りだし、生きがいだと思えた。

「ふぅっ……」

 吐く息が白く染まる。

 それでもミコトが彼女の力で体に暖を送り込んでくれたから過ごしやすく、ぬくぬくしてこの場に収まっている。

 だけど、思う。

(世界は、こんなにも広いのね)

 本を読んで何でも知ったかぶりをしていたし、その受け売りでシルヴィアーナ様にも外の世界について語り続けてきた。

 だけど、目にする実物はもっと大きくて、わたしの想像なんかじゃとてもじゃないけど追いつかないものであった。

(ああ、眠い……)

 いつもの習慣からか、日付が回る頃にはまぶたがだんだん重たくなってくる。

(ああ、ダメよ……)

 起きてなきゃいけないのに、気を抜いたら今にも眠ってしまいそうだ。

(ダメよ、怪盗バロニスが来るまでは……)

 本物かどうか確かめなくてはいけないのだから。

 気持ちとは裏腹に、まぶたはどんどん重みを増していく。

(やばい……)

 気づいたらストン、と体から力が抜けていく感覚を味わい、わたしは抗うことをやめ、瞳を閉じる。

 地面に倒れ込むだろうな、そう思っていたけど思っていたほど衝撃はなく、わたしはそのまま意識が遠のくのを感じていた。

 誰かが、わたしの体を受け止めてくれたという事実に気づくことなく。

 わたしは、深い眠りに落ちた。