「まだ影たちが知能を持っていなかったからな。早い段階で倒せてよかったよ」

 弱かったからよかったわね、などと言うミコトの言葉に、神妙な面持ちで頷きながら青年も腰元に剣をしまう。

 驚いたことに、あるべき場所に戻された剣はしゅんと縮まったかのように彼の腰元に収まるサイズに形を変えた。

(一体……この人たち……)

 わたしが決死の覚悟で臨んだ影に対して弱かっただの知能を持っていなかったからだの自由なことを言い合ってくれちゃって、唖然とさせられる。

「大丈夫でしたか?」

 青年がわたしの方に顔を向ける。

 その容姿にびっくり仰天。

 暗闇でも映える明るい金色の髪に淡く薄い緑の瞳を持った彼は、あまりにも神々しい。

 一刻も早く、レディ・カモミールの手記を握りたくなるほど、美しく絵になる容姿をしていたのだ。

 この男も、主役になるべく生まれた存在なのだろうなとただならぬオーラにぼんやりと思いを馳せる。

 ミコトはどちらかというと小動物のようで可愛くて(わたしには言われたくないだろうけど)親しみやすいその雰囲気から油断をしていたけど、いきなり予想外の方向から見た目光線で攻撃をされた気分だ。

 ヘイデン様、アイリーン様、それこそロジオンまでも……彼らから感じられるオーラをひしひしと感じられる。

(いやはや、美しいものって楽しい!)

 創作の意欲を掻き立ててくれる。

 とはいえ、レディ・カモミールの手記はどこかへ飛ばされてしまったからもうつかえないかもしれないけど。(誰かに拾われませんように)

「ここは、魔族の息のかかった場所です」

「え?」

「だから、夜道の独り歩きは……」

 言いかけて、形の輪郭に指先を添え、驚いた、というように大きく瞳を見開く。

「もしかして……あなたは、どこか遠くからいらしたのですか?」

 わたしの衣装や身なりを見てそう思ったのだろう。

 さり気なく自分の着ている上着をわたしに差し出し(なにこの人、性格まで完璧なの?)、彼は不思議そうな顔をした。

「魔物に襲われて……」

 さすがにネイデルマール城の出来事だということは伏せることにする。

 ないとは思うけど、お城の人間ということでまた人質に取られたらたまったものじゃない。(うん、ないとは思うんだけど)

「それで、この地へ飛ばされたんです。あの……ここは、どこなんですか……?」

 まさか、先日読んだばかりの『異世界』などという世界へ飛ばされ(転生させられ)たのではないだろうか。

 あまりにも今まで見ていた環境との違いに心配になってくる。

 王宮と街と、それは違うに決まっているのだけど、外の世界を見たことのないわたしには異空間だった。

「ここは、ナイラスという街です」

「ナイラス……」

 どこかで聞いたような、そう思い、顔をあげる。

「こ、この前、魔物たちに襲われたという……」

「ええ。そうですよ」

「どうやらここは魔物たちの通り道らしくって、やつらが姿を表さなくなるまで浄化して浄化して浄化しまくってるってわけ」

 青年を次いでミコトがペンダントをかざして見せる。

「わたしはミコト! あなたの名前は?」

「の、ノエルです。ノエル・ヴィンヤード」

「そう。とっても美しい髪の毛ね。夜道では目立つから気をつけなくっちゃ」

「は、はぁ……ありがとうございます」

 生まれてこの方、髪の毛なんて褒められたことなんてないから驚きつつも、次に夜道を歩くときは絶対に帽子をかぶろうと心に決める。

「俺はテオルド。ミコトとふたりで魔物退治の旅をしているんだ」

「えっ……おふたりで?」

 こらこら。

 なんて楽しくて美味しいシチュエーションなんだ……なんて思っている場合ではない。

「テオルドは勇者なのよ」

「ええっ!!」

 素直に驚いた。

 確かに、主役級のオーラを放っているとは思っていたけど、まさか本物の勇者様にお会いできちゃうなんて……そんな最高の展開、ある? 

 今すぐにでもロジオンに伝えに行きたい!

 そう思いつつ、帰るすべがわからず、改めて途方に暮れる。

 このままじゃ、二度と会えない気がしてならない。

「わたしはこことは違う世界から来たんだけど、どうやらこの国では『巫女』と呼ばれる立場の存在らしくって、このペンダントを使えば街の様子や魔物たちでさえ浄化することが可能だから、彼についてこの世界をまわっているってわけ」

「あっ!」

「え?」

 あっけらかんと答えるミコトの話で、どこかで見たことがあると思っていた彼らが、わたしがロジオンと出会うきっかけとなった作品、『王宮浪漫日和(ロマンスデイズ) 〜失われた時間と勇者の伝説~』の作品に登場させたキャラクターたちとよく似ているのだ。

(これもまた、誰かの記憶に入り込んで見てしまったのかしら?)

 もはや自分自身宣創作能力を信じられなくなっているわたしだけど、こんなにも完璧な設定を世界の狭い空間だ生きるわたしが想像したのかと思うと不思議でならない。

 かといって、勇者と関わってそうな人間は身近にはいそうにないわけで、疑問は深まる一方である。

 なにより、あれからずいぶんたくさんの作品を書き続けるようになったため、処女作の記憶が曖昧なのは仕方がない。

 また読み返してみよう、と密かに思う。

 きっとまた、改めて思い出すことが増えるだろう。

 読み返してみよう。

 王宮に帰れたら、きっと。