「すごいね。一気にこんなにも両立して書きあげられるなんて、やっぱり君は天才だよ」
わたしが精魂込めて書き綴って書き綴って書き綴りまくったほどんど殴り書きをしたレディ・カモミールの手記を眺め、ロジオンは嬉しそうな声を上げた。
「ああ、これから僕はまた大忙しになりそうだけど」
製本やらなんやらとロジオンは楽しそうだ。
「ロジオン印刷所、大量受注ね!」
「ロジオン印刷所?」
「ううん。こっちの話よ」
わたしも久しぶりに人の興味や読まれることを気にせず書き綴ったため、やりきった感はあり、清々しい気分だ。
以前にロジオンの言っていた流行にとらわれず、好きなことを書き続けろと言っていたあの言葉が今更ながら胸にしみる。
楽しく書き続けることこそが、執筆を無理なく継続させていける秘訣なのである。
「これでまたエヴェレナ様にもお喜びいただける」
そして、いつの間にやら忠実な部下の顔に戻り、大切なお姫様を思って生き生きしているところはわたしとよく似ている。
「最近、どこの誰だか知らないけど僕よりも先にレディ・ダンデライオンの作品を手に入れてエヴェレナ様に渡してるやつがいてさ。肩身が狭かったんだけど、こうしてまた新作がいっぱい手に入ったら、ロジオン、ありがとう〜ってお喜びいただけるんだ!」
「……な、なかなか気持ちが悪いわね」
言いたいことはよくわかるけど。
そんな他愛もない話からふと思い出したことがある。
「ちょっ! ロジオン! あなたがそうエヴェレナに気前よくいろんな作品を送っているおかげで、ヘイデン様までレディ・カモミールの作品を読むようになっちゃったじゃないのよ!」
「そういえば、レディ・ダンデライオンの新刊も持っていたよね」
「ええ、そうよ。エヴェレナ様にもらったのだと……あ、あああああああー!!!」
言っておいて息が続かなくなる。
「み、見られたのよ! ヘイデン様に! 彼をモデルとして誕生したあの王子様のことを! み、見られたのよー!!!」
「僕は君の作品のファンが増えることはいいことだと思うよ」
「ふ、ふざけないで!!」
「本気だよ」
穏やかに笑うロジオン。
確かに、その言葉に嘘はなさそうだ。
「わたしがレディ・カモミールだってバレやしないかひやひやしたわよ!」
「普段の君を見ていたら文章なんて書けそうにないから大丈夫だよ」
「殴るわよ!」
「ハハッ」
ロジオンは楽しそうに笑って、そして空を見上げる。
「いつまでもこんな穏やかな日が続けばいいのにね」
「そうね。物語の世界以外は、穏やかなのが一番よ」
頷きながら同じくわたしも空を見上げる。
息がまっしろになってしまうほど気温は低く、さすような寒さを感じるけど、空気は済んでいて夜空があまりにもきれいなためいつの間にやら時間や寒さも忘れてしまっている。
とはいえ、赤くなった手を擦り合わせる動作だけは忘れない。
空には徐々に大きくなった月がわたしたちを照らしていた。
もうすぐ、満月の日がやってくる。
決戦の日だ。
あれから、宣言通りヘイデン様が街へ向かったそうだからもしかしたらもうお縄についているかもしれないし、そうであってくれることを切に願う。
(ヘイデン様、大丈夫かしら)
とはいえ、わたしも満月が再び欠け始めるまで、これからはシルヴィアーナ様のお側を離れることなく過ごすことに決めている。
優秀な近衛団のみなさんがついていてくれるからわたしのところまではたどり着けないだろうと信じているけど、念には念を入れて警戒しておくことに越したことはない。
『盗む』だなんて、ふざけている。
しかも、あのシルヴィアーナ様をだ。
バカにしているにもほどがある。
本当に、この手で捕まえてやりたい!と体内からメラメラもえてくるほどに腹立たしい。
ロジオンに止められていなければわたしもヘイデン様について街へ向かっていたはずだろう。
わたしがお縄にかけてやる!と今でさえ、なにかできないものかといてもたってもいられなくなるのだ。
「ロジオンも無理をしちゃだめよ」
「僕らこそ、身を挺して守らないといけないんだよ」
まぁ、僕はエヴェレナ様の側で待機している予定だけどね、と余裕の笑みを見せ、彼は頷く。
「無事に星夜祭を迎えられるといいわね」
「青色のショールはちゃんとできてる?」
「誰もあなたにあげるとは言っていないじゃない」
「えー!! ノエルは僕にくれないのー?」
「あなたならいろんな女の子からたくさんもらえるでしょう!」
それこそ夜な夜な会っているといういつも違う女の子たちとやらに。
そう付け加えると、
「だから違うって言ってるでしょ! 僕は面白みもない人間だよ。噂のような話はなんにもないんだよ。君と会う以外は夜も出歩いていないし、なにより君とも色気のない会話しかしていないしね」
「どうだか」
あざとい表情を浮かべて口をとがらせるロジオン。
だからわたしは声を上げて笑ってしまった。
ヘイデン様と過ごした書庫での時間も心地よかったけど、ロジオンと過ごすこの時間もわたしは気に入っている。
人付き合いの苦手なわたしには本当に貴重な存在なのだ。
いつか終わりは来るとわかっていても、この平穏な時をもう少し、邪魔はしてほしくない。
何も起こりませんように、と瞬く星空の下でわたしは胸に手を起き、そっと目を閉じる。
結局、わたしの願いなど虚しく、次にロジオンと再会したのは最悪の舞台と最悪な展開の真っ只中だったのだけど、わたしはこのとき、ありもしないと思いながら、時間がとまればいいのに、と非日常的なことを考えていたのだった。
わたしが精魂込めて書き綴って書き綴って書き綴りまくったほどんど殴り書きをしたレディ・カモミールの手記を眺め、ロジオンは嬉しそうな声を上げた。
「ああ、これから僕はまた大忙しになりそうだけど」
製本やらなんやらとロジオンは楽しそうだ。
「ロジオン印刷所、大量受注ね!」
「ロジオン印刷所?」
「ううん。こっちの話よ」
わたしも久しぶりに人の興味や読まれることを気にせず書き綴ったため、やりきった感はあり、清々しい気分だ。
以前にロジオンの言っていた流行にとらわれず、好きなことを書き続けろと言っていたあの言葉が今更ながら胸にしみる。
楽しく書き続けることこそが、執筆を無理なく継続させていける秘訣なのである。
「これでまたエヴェレナ様にもお喜びいただける」
そして、いつの間にやら忠実な部下の顔に戻り、大切なお姫様を思って生き生きしているところはわたしとよく似ている。
「最近、どこの誰だか知らないけど僕よりも先にレディ・ダンデライオンの作品を手に入れてエヴェレナ様に渡してるやつがいてさ。肩身が狭かったんだけど、こうしてまた新作がいっぱい手に入ったら、ロジオン、ありがとう〜ってお喜びいただけるんだ!」
「……な、なかなか気持ちが悪いわね」
言いたいことはよくわかるけど。
そんな他愛もない話からふと思い出したことがある。
「ちょっ! ロジオン! あなたがそうエヴェレナに気前よくいろんな作品を送っているおかげで、ヘイデン様までレディ・カモミールの作品を読むようになっちゃったじゃないのよ!」
「そういえば、レディ・ダンデライオンの新刊も持っていたよね」
「ええ、そうよ。エヴェレナ様にもらったのだと……あ、あああああああー!!!」
言っておいて息が続かなくなる。
「み、見られたのよ! ヘイデン様に! 彼をモデルとして誕生したあの王子様のことを! み、見られたのよー!!!」
「僕は君の作品のファンが増えることはいいことだと思うよ」
「ふ、ふざけないで!!」
「本気だよ」
穏やかに笑うロジオン。
確かに、その言葉に嘘はなさそうだ。
「わたしがレディ・カモミールだってバレやしないかひやひやしたわよ!」
「普段の君を見ていたら文章なんて書けそうにないから大丈夫だよ」
「殴るわよ!」
「ハハッ」
ロジオンは楽しそうに笑って、そして空を見上げる。
「いつまでもこんな穏やかな日が続けばいいのにね」
「そうね。物語の世界以外は、穏やかなのが一番よ」
頷きながら同じくわたしも空を見上げる。
息がまっしろになってしまうほど気温は低く、さすような寒さを感じるけど、空気は済んでいて夜空があまりにもきれいなためいつの間にやら時間や寒さも忘れてしまっている。
とはいえ、赤くなった手を擦り合わせる動作だけは忘れない。
空には徐々に大きくなった月がわたしたちを照らしていた。
もうすぐ、満月の日がやってくる。
決戦の日だ。
あれから、宣言通りヘイデン様が街へ向かったそうだからもしかしたらもうお縄についているかもしれないし、そうであってくれることを切に願う。
(ヘイデン様、大丈夫かしら)
とはいえ、わたしも満月が再び欠け始めるまで、これからはシルヴィアーナ様のお側を離れることなく過ごすことに決めている。
優秀な近衛団のみなさんがついていてくれるからわたしのところまではたどり着けないだろうと信じているけど、念には念を入れて警戒しておくことに越したことはない。
『盗む』だなんて、ふざけている。
しかも、あのシルヴィアーナ様をだ。
バカにしているにもほどがある。
本当に、この手で捕まえてやりたい!と体内からメラメラもえてくるほどに腹立たしい。
ロジオンに止められていなければわたしもヘイデン様について街へ向かっていたはずだろう。
わたしがお縄にかけてやる!と今でさえ、なにかできないものかといてもたってもいられなくなるのだ。
「ロジオンも無理をしちゃだめよ」
「僕らこそ、身を挺して守らないといけないんだよ」
まぁ、僕はエヴェレナ様の側で待機している予定だけどね、と余裕の笑みを見せ、彼は頷く。
「無事に星夜祭を迎えられるといいわね」
「青色のショールはちゃんとできてる?」
「誰もあなたにあげるとは言っていないじゃない」
「えー!! ノエルは僕にくれないのー?」
「あなたならいろんな女の子からたくさんもらえるでしょう!」
それこそ夜な夜な会っているといういつも違う女の子たちとやらに。
そう付け加えると、
「だから違うって言ってるでしょ! 僕は面白みもない人間だよ。噂のような話はなんにもないんだよ。君と会う以外は夜も出歩いていないし、なにより君とも色気のない会話しかしていないしね」
「どうだか」
あざとい表情を浮かべて口をとがらせるロジオン。
だからわたしは声を上げて笑ってしまった。
ヘイデン様と過ごした書庫での時間も心地よかったけど、ロジオンと過ごすこの時間もわたしは気に入っている。
人付き合いの苦手なわたしには本当に貴重な存在なのだ。
いつか終わりは来るとわかっていても、この平穏な時をもう少し、邪魔はしてほしくない。
何も起こりませんように、と瞬く星空の下でわたしは胸に手を起き、そっと目を閉じる。
結局、わたしの願いなど虚しく、次にロジオンと再会したのは最悪の舞台と最悪な展開の真っ只中だったのだけど、わたしはこのとき、ありもしないと思いながら、時間がとまればいいのに、と非日常的なことを考えていたのだった。