午後八時からはわたしの時間。

 細い月が窓縁にわずかな明かりを灯す。

 ここのところ、ほとんどと言っていいほどヘイデン様の書庫に通って書物を読み漁っていたわたしだけど、これからはしばらく自室にこもってレディ・カモミールになることを決めていた。

 書くことが好きな人にならわかると思う。

 新しい本を読めば読むほど、新しい表現を学べば学ぶほど自分でも書きたくなってくるのだ。

 わたしの場合はうずうずしてきていた。

 だから、このタイミングはちょうどよかったのだと思う。

 書きたいことが久方ぶりに溢れかえっている。

 だけど、

「これは、どうしようかしら……」

 シルヴィアーナ様だけのために書き続けていた怪盗モーヴの物語だ。

 『王宮浪漫日和(ロマンスデイズ)
    〜怪盗モーヴ、今宵も参上〜』

 怪盗モーヴは本当はいいやつで、彼は悪事を働いて富を集めた偽善者たちからしか盗みを働かない。

 そして、彼が盗むことで本当の悪事が発覚して、事件解決の道へと結びつける。

 グルは盗んだものを元の持ち主に返したり、恵まれない子供のところへ持っていったり。

 彼は王都でこそ敵は多いものの、街や村などではヒーローのような扱いを受けていた。

 だけど、話題が話題(かいとう)だけにこの物語をシルヴィアーナ様に披露し続けるのはなんとなく忍びないし、シルヴィアーナ様の恐怖心をこれ以上煽りたくない。

「怪盗のお話は縁起が悪いから、別の物語に変えますね〜 で、はいわかりました! ってなってくれるものかしら」

 まぁ、そんな彼女はきっとわたしの問いかけには反応してくれないのだろうけど。

 そもそもそこまで待ってくれているわけでもないかもしれないから、さらっと新作に変えてしまってもいいかもしれないし。

 あれやこれやと思考を巡らせる。

「これから面白くなるところだったのになぁ……」

 囚われの身だったベルガモット姫を怪盗モーヴが自由にしてあげるのだ。

 今、ちょうどベルガモット姫が新しい世界に感嘆の声を上げたところで物語は次回に続いていた。

「まったく……現実世界までわたしの物語と同じ展開になるなんて、やめてよね」

 筆を折るしかないではないか。

 わたしが筆を折ったら、モーヴはこの世から消えてしまうというのに。

「まぁ、仕方ないわ! 今日は星夜祭をテーマにしたオリジナル短編集でも作るわよー!」

 レディ・カモミール(わたし)は今宵もめげることなく物語を紡いでいく。

 レディ・カモミールにしか作れないわたしだけの物語だ。

 今日はプロット(物語の要約)なんて関係ない。

 好きな作品を好きなだけ書きなぐりたいのだ。設定なんて必要ないわ!!

 思いっきり気持ちのいいハッピーエンドな作品ばかりを書いて書いて書き続け、日付が変わる頃にはなんだかわたしも心なしか楽しい気分になっていた。