魔物騒ぎは報告を受けた王宮内のみで対処されることとなり、近隣の街にその情報は開示されないこととなったそうだ。
それは変に混乱や騒ぎを招きたくないという結論からであり、そのため近隣の街の住人たちは何も知ることはなく今までと変わらぬ平穏な暮らしを続行しているようだ。
いざとなった場合のために魔術師たちによって結界も張り直されたそうなのでしばらくは問題ないのだろう。
油断はできないものの、その話を聞いて心底ホッとした。
だからなのか、ご令嬢たちが待ちに待っていたイベント・星夜祭を目前とした今では街は明るく陽気なお祭り騒ぎとなっているそうだ。
ショール作りも終盤に差し掛かったのだ。
ご令嬢たちだけでなく、侍女仲間たちも手作りのショールを持参してはそわそわしてその言動は落ち着きがない。
真っ白な雪景色に染まった王宮内の庭に
も、変わらず色とりどりのイルミネーションが施されていて夜道を華やかに彩っている。
最低限の術師や近衛団が各地に散り、ネイデルマール城付近だけが慌ただしい日々を過ごしていた。
そんな時だ。
このタイミングをまるで狙っていたかのように再びあの怪盗バロニスが街を騒がせ始めたのだ。
少し前までは星夜祭に向けて準備される布や毛糸の類のものを盗んでいると噂されていたけど、最近は近衛団が手薄になった場所に狙いを定めて金品を強奪することが増えたそうだ。
おかげでロジオンの仲間の筋肉質な同僚たちも駆り出されて街を見回ることが増えたそうなのだけど、いろいろと腑に落ちないことはあった。
盗みは盗み。
怪盗という行為は犯罪で、決して許されるものではない。
だけど、今までの怪盗バロニスの盗み方はどちらかというとスマートで、彼が盗みを働いたあとにその被害者の悪事が明るみに出たり、人々にとってそんなに価値のないものばかりを予告状とともに美学を掲げながら世に露出を繰り返していたように思う。
それでも、最近の怪盗バロニスの話題は今までの彼(なのよね?)からは想像できない卑劣なものが多かった。
「魔物騒ぎの次は怪盗バロニスだなんて、なかなか心休まるときがないね」
書庫にこもって過去の魔物に対する書籍を読み漁っていたわたしはヘイデン様のお声に顔をあげる。
わたしが書籍を広げたすぐ近くに座り、彼も調べ物があるからと分厚い書物を穏やかな瞳で見つめている。
「弱いものを脅かす卑劣な行為は許しがたいね」
「印象が変わりました。今までも許されるものではありませんが、彼のことだからなにか意味があるのかなって思っていました。でも、今回のは……」
「卑劣だね。わたしには毛糸やら布とわけのわからないものを盗むことさえ理解に苦しむけど」
「……そ、そうですね」
この季節に乙女たちがどうしても手に入れたいものなのだと、さすがに本人に向かっては言えやしない。
「三日後に、わたし直々に街へ出ようと思っているんだ」
「えっ……」
「バロニスが現れるのならこの手で捕まえたいと思っているよ」
「き、危険です!」
何を言い出すのかこのお方は。
「相手は何をするかわからない極悪人ですよ。アイリーン様だっていらっしゃらないのに、もしものことがあったら……」
「はは、ノエルは可愛いね」
「へっ!」
いきなり近づけられた顔がとろけるほど優しい笑みを浮かべていて言葉を失う。
美しさに圧倒されるとは、このことだろう。
あたあたと戸惑うわたしに、でもね、と彼は続ける。
「わたしもそう弱くはないんだよ」
一気に距離を詰めてきた彼はそう告げた。
「わ、わわわわわかっています!!」
ヘイデン様たち王子様達も近衛団と肩を並べるほどの剣の腕前だとは聞いている。
ヘイデン様に限っては、近衛団の地獄の合宿にも自ら志願して参加していたのだとか。
「わ、わかっていますからっ!!」
わかっている。
わかっているからもうこれ以上、距離を縮めないでください。
結局いつもと同じくからかっているだけだろうけど、わたしには無縁すぎるどうにも危険な香りが漂っていて、ないとは思っているのに身の危険を感じて震え上がる。
それでも
「心配してくれてありがとう、ノエル」
降参したように両手を上げるヘイデン様。
彼はいつも土壇場でこうして折れてくれる。
「い、いえ……」
わかっている。
わたしは彼のプライドを傷つけた。
「あなたが弱くないことは十分存じております。失言でした」
「まぁ、あのアイリーンと比べたらたしかにわたしなんてへなちょこに思うよね」
「い、いえ、そんな……」
ヘイデン様は自嘲気味に肩をすくめる。
「知ってる? この前の騒動のとき、術師たちが集められたのはわかるよね。そこで一番に戻ってきたアイリーンがほとんど気力の残っていない魔物を鷲掴みにして叩きつけたんだよ。徹底的に調べろと言ってね」
「えっ……ま、魔物を?」
さ、さすがのアイリーン様だけど、あまりに無鉄砲で……それで……
「ありえないよね。もうまわりもみんな騒然としてしまってね。慌てて他の術師たちに封印されたみたいだけど、普通は王宮に持ち込まないよね」
「ほ、本当ですね」
あまりの衝撃的な様子に息を呑んでしまう。もちろんアイリーン様ならやりかねないとなんとなくわたしも苦笑が漏れる。
「わたしにはあの女が一番恐ろしく思えたよ」
はは、とヘイデン様が笑い、わたしもつられて笑う。
この人は、人の心を操る天才だ。
さきほどまでのもやもやした曇り空のような気持ちが一気に青空に変わる。
「考えていても行動しないと何も始まらないからね。わたしは行くよ」
その強い眼差しは、一国を背負う王子様のもので、わたしはそれ以上何も言えなくなった。
だけど思う。
今の彼なら絶対に、怪盗バロニスにだって負けたりはしないのだと。
それは変に混乱や騒ぎを招きたくないという結論からであり、そのため近隣の街の住人たちは何も知ることはなく今までと変わらぬ平穏な暮らしを続行しているようだ。
いざとなった場合のために魔術師たちによって結界も張り直されたそうなのでしばらくは問題ないのだろう。
油断はできないものの、その話を聞いて心底ホッとした。
だからなのか、ご令嬢たちが待ちに待っていたイベント・星夜祭を目前とした今では街は明るく陽気なお祭り騒ぎとなっているそうだ。
ショール作りも終盤に差し掛かったのだ。
ご令嬢たちだけでなく、侍女仲間たちも手作りのショールを持参してはそわそわしてその言動は落ち着きがない。
真っ白な雪景色に染まった王宮内の庭に
も、変わらず色とりどりのイルミネーションが施されていて夜道を華やかに彩っている。
最低限の術師や近衛団が各地に散り、ネイデルマール城付近だけが慌ただしい日々を過ごしていた。
そんな時だ。
このタイミングをまるで狙っていたかのように再びあの怪盗バロニスが街を騒がせ始めたのだ。
少し前までは星夜祭に向けて準備される布や毛糸の類のものを盗んでいると噂されていたけど、最近は近衛団が手薄になった場所に狙いを定めて金品を強奪することが増えたそうだ。
おかげでロジオンの仲間の筋肉質な同僚たちも駆り出されて街を見回ることが増えたそうなのだけど、いろいろと腑に落ちないことはあった。
盗みは盗み。
怪盗という行為は犯罪で、決して許されるものではない。
だけど、今までの怪盗バロニスの盗み方はどちらかというとスマートで、彼が盗みを働いたあとにその被害者の悪事が明るみに出たり、人々にとってそんなに価値のないものばかりを予告状とともに美学を掲げながら世に露出を繰り返していたように思う。
それでも、最近の怪盗バロニスの話題は今までの彼(なのよね?)からは想像できない卑劣なものが多かった。
「魔物騒ぎの次は怪盗バロニスだなんて、なかなか心休まるときがないね」
書庫にこもって過去の魔物に対する書籍を読み漁っていたわたしはヘイデン様のお声に顔をあげる。
わたしが書籍を広げたすぐ近くに座り、彼も調べ物があるからと分厚い書物を穏やかな瞳で見つめている。
「弱いものを脅かす卑劣な行為は許しがたいね」
「印象が変わりました。今までも許されるものではありませんが、彼のことだからなにか意味があるのかなって思っていました。でも、今回のは……」
「卑劣だね。わたしには毛糸やら布とわけのわからないものを盗むことさえ理解に苦しむけど」
「……そ、そうですね」
この季節に乙女たちがどうしても手に入れたいものなのだと、さすがに本人に向かっては言えやしない。
「三日後に、わたし直々に街へ出ようと思っているんだ」
「えっ……」
「バロニスが現れるのならこの手で捕まえたいと思っているよ」
「き、危険です!」
何を言い出すのかこのお方は。
「相手は何をするかわからない極悪人ですよ。アイリーン様だっていらっしゃらないのに、もしものことがあったら……」
「はは、ノエルは可愛いね」
「へっ!」
いきなり近づけられた顔がとろけるほど優しい笑みを浮かべていて言葉を失う。
美しさに圧倒されるとは、このことだろう。
あたあたと戸惑うわたしに、でもね、と彼は続ける。
「わたしもそう弱くはないんだよ」
一気に距離を詰めてきた彼はそう告げた。
「わ、わわわわわかっています!!」
ヘイデン様たち王子様達も近衛団と肩を並べるほどの剣の腕前だとは聞いている。
ヘイデン様に限っては、近衛団の地獄の合宿にも自ら志願して参加していたのだとか。
「わ、わかっていますからっ!!」
わかっている。
わかっているからもうこれ以上、距離を縮めないでください。
結局いつもと同じくからかっているだけだろうけど、わたしには無縁すぎるどうにも危険な香りが漂っていて、ないとは思っているのに身の危険を感じて震え上がる。
それでも
「心配してくれてありがとう、ノエル」
降参したように両手を上げるヘイデン様。
彼はいつも土壇場でこうして折れてくれる。
「い、いえ……」
わかっている。
わたしは彼のプライドを傷つけた。
「あなたが弱くないことは十分存じております。失言でした」
「まぁ、あのアイリーンと比べたらたしかにわたしなんてへなちょこに思うよね」
「い、いえ、そんな……」
ヘイデン様は自嘲気味に肩をすくめる。
「知ってる? この前の騒動のとき、術師たちが集められたのはわかるよね。そこで一番に戻ってきたアイリーンがほとんど気力の残っていない魔物を鷲掴みにして叩きつけたんだよ。徹底的に調べろと言ってね」
「えっ……ま、魔物を?」
さ、さすがのアイリーン様だけど、あまりに無鉄砲で……それで……
「ありえないよね。もうまわりもみんな騒然としてしまってね。慌てて他の術師たちに封印されたみたいだけど、普通は王宮に持ち込まないよね」
「ほ、本当ですね」
あまりの衝撃的な様子に息を呑んでしまう。もちろんアイリーン様ならやりかねないとなんとなくわたしも苦笑が漏れる。
「わたしにはあの女が一番恐ろしく思えたよ」
はは、とヘイデン様が笑い、わたしもつられて笑う。
この人は、人の心を操る天才だ。
さきほどまでのもやもやした曇り空のような気持ちが一気に青空に変わる。
「考えていても行動しないと何も始まらないからね。わたしは行くよ」
その強い眼差しは、一国を背負う王子様のもので、わたしはそれ以上何も言えなくなった。
だけど思う。
今の彼なら絶対に、怪盗バロニスにだって負けたりはしないのだと。