「わぁ、とお姫様は感嘆の声を上げました」

 わたしは昨晩まで必死ににらめっこした作品を読み上げる。

「だってそこには、彼女にとって見たこともない世界が広がっていたからです」

 ゆっくり、含みを持たせてその場の様子を伝える。

 読むことの専門ではないが、できるだけこの部分は大切にと少し練習はしてきた。

 レディ・ダンデライオンのような画力があったらもっとわかりやすく情景を説明できたかもしれないけど……なんて考えて慌てて頭を振る。

 この役割はわたしに与えられた大切なものだ。他人任せにするだなんてとんでもない。

「ねぇ、シルヴィアーナ様」

 いつものとおり、問いかける。

 振り返るはずのない、その背中に。

「見たこともない世界ってどんなものなのでしょうね」

 そしてゆっくりレディ・カモミールの手記を閉じる。

「わたしは、外の世界を見たことがないので、想像さえもできないのですけど、とても素敵なんでしょうね」

 自由で開放的で。

 言葉のとおり、王宮の外へ出たこともないわたしには想像もつかない世界だ。

 次回、この続きをどう表現すべきかと考えるだけでも頭が痛い。

「シルヴィアーナのいらっしゃったランバドル王国は花の楽園だったのだと聞いています」

 街は色とりどりのお花に覆われていて、今でも妖精が普通に生活している様子も垣間見ることができるとか、すべては聞いた話や書籍からの知識でしかないけど、とても美しい国なのだと聞いている。

「自分の国のことさえ知らないのですが、いつかは外の世界も見られたら素敵だなぁと思うことはあるんです」

 今までにない新しい景色を見られたら、わたしの中で何かが変わりそうな、そんな気がしている。わからないけどなんとなく、そんな気がする。

「って、生きていくってそんなに簡単ではないでしょうけどね」

 魔力もろくに使えないわたしは、王宮の外へ出て何ができるのか、考えるだけ時間の無駄なのだけど、ついつい想像してしまう。

 こんなにも恵まれた環境だというのにまだ望んでしまうなんて贅沢なお話だけれども。

「ねぇ、シルヴィアーナ様……」

 声をかけようとしたとき、外の方がずいぶんと騒がしくなり、顔をあげる。

「何かあったんでしょうか?」

 慌てて窓の外を眺めるも、別邸であるシルヴィアーナ様のお部屋からは見ることができない。

 きっと何かあればメリルさんが報告をくれるはずだ。

 しかしながら、わたしの今の最大の役目は、シルヴィアーナ様に恐怖心を与えないこと。それが大切なのである。

「ねぇ、シルヴィアーナ様……」

 だから気を取り直して、わたしは彼女に向き直る。何事もなかったように。

「いつか、わたしは外の世界を見てみたいと思うんです。あなたの住んでらしたランバドル王国はもちろん、いろんな国を」

 反応はない。

 角度を変えると艶が流れる長く美しい銀色の髪が艷やかに背中に垂らして。

 今日もダメか、とも思いながらも自然と緩む頬を感じながらわたしはまっすぐ前を向く。

「そしてこうしてまた、あなたにお話できたら素敵だなって思うんです」