それから、わたしはロジオンにレディ・ダンデライオンの作品を渡すことになった。

「これはすごい……僕には想像しきれなかった世界観だよ」

 と素直にその素晴らしさを認めていた。

 それとそのはず、本当に描写と人物像がとても繊細で美しいのだ。

 書いた本人であるわたしも想像を絶する美の空間で何度も何度も引き込まれてしまう。

 本来、物語というのは書き手の書いた物語と読み手の想像した世界観によって作り上げられるものだ。

 それがこうして最上級の形となって手にすることが叶うなんて。

「これは、悪意あるものとは思えないわ」

 わたしの言葉に、ロジオンも深く頷く。

「深い深い、君の作品へのリスペクトを感じられるね。素晴らしいよ」

 作品を好きではなかったらここまで書くことはできないよ、とロジオンも圧倒されているようすだ。

 なにしろ表紙には『原作:レディ・カモミール』と表記されているし、作中の最終ページには『尊敬するレディ・カモミールに敬意を込めて』とまで書き記されている。

「悪意どころか、熱烈に送られたラブレターのようだね」

 ロジオンが笑い、わたしもそう思っていただけにまた心がふわっとして嬉しくなった。

「どうしても君の作品を大切に大切に、そしていろんな人に見てほしいという熱い思いも感じる。熱烈的なファンなんだろうね」

「な、なんだか照れるわね。でも、わたしもこの作品がお気に入りになってしまったわ」

「でもノエル、それをどこで手に入れたのさ」

「え?」

 ロジオンの言葉に、どこまで本当のことを話すべきだろうかと一瞬考えて深呼吸をする。

「ヘイデン様に」

「へ、ヘイデン様に? どうして?」

 どうやったらそうなるの?と、驚きを隠せないロジオンの様子があまりにもリアルだ。

 彼の書庫をお借りしている……とまでは言いづらい。

「以前、彼にレディ・カモミールの作品を知られてしまったことがあるのよ。それで、手に入れてくれたんだと思うんだけど」

 言いかけて、改めてこの作品の内容を思い出し、顔からぼっと火が噴出した気分になった。

「ああっ、これをヘイデン様に見られてしまっただなんて……」

「そうだよね。この作品にはバリバリ絶好調であの髪の毛を常に風に吹かせて登場するあの薄紫色の素敵な素敵な王子様が出て……」

「傷口をえぐるのはやめてっ!」

 無意識にもモデルにした本人に見られてしまったと思うと、恥ずかしくて恥ずかしくて耐えられなくなるのだ。

 ヘイデン様は一体どう思ったことだろう。

 書いたのはレディ・カモミールだとはいえ、次にどんなふうに顔を合わせたらいいのかと考えただけでも今すぐ消えたくなった。

「しかも、わたしの好きな王子様像をネタにするのはやめて!!」

「でも、レディ・ダンデライオンの決定的弱点は、きっと僕のような優秀な相棒がいないということ」

「自分で言う?」

「彼女は見る人すべての関心は得られても、たくさんの冊数を量産することができないようなんだ」

 つまりは、ロジオン印刷所よりも劣っていることを意味する。

「だからなのか、読み手に比べて冊数が足りていなくて、それで影法師(シャドウ)まで巻き込んだトラブルに発生した」

「ある意味レア度が上がって戦略ならいいかもしれないわね」

 自分の作り上げたものとそこから派生したものとはいえ、世間をずいぶん騒がせていることに申し訳無さが生まれないわけでもない。

「僕が気になっているのはね。どうしてそんな作品をヘイデン様が持っているのかってことで……」

「ああ、妹が手に入れたと言っていたわ」

「えっ! ま、まさか、エヴェレナ様が?」

 と真っ青になるロジオン。

「僕はあれから見つけることができなかったというのに、誰か他の人が僕よりも先に見つけたってこと?」

 姫様大事の男は、これでもかというほどうなだれる。

 その様子があまりにもおかしくて、わたしは思わず笑ってしまった。

 わたしたちふたりをこうも簡単に一喜一憂させてしまうレディ・カモミールの物語。

『これは、大きな社会現象だ』

 そんなヘイデン様のお声が聞こえたような気がしたけど、それならばそうと、もっとみんなが笑顔になれるような社会現象を巻き起こしてみよう!

 そう強く思い、決意とともに絶好調な午後の時間を過ごすこととなった。