「すごい……これが噂の……」
ロジオンは驚きのあまり、言葉を失ったのは、わたしがそれを渡してすぐのことだった。
―――――
話を遡ることほんの少し前、もしかしたらここにいるかもしれないとさり気なく近づいた近衛団のたまり場という裏庭で、筋肉質な男たちにまざってその男は談笑していた。
「えっ、ノエル……」
驚いたように彼、ロジオンが顔を上げたとき、まわりの近衛団たちはこれ以上にないくらい騒ぎ立て始め、ずいぶんな居心地の悪さを感じたけど、わたしは動じることなく彼にちょっと来てほしい、と声をかけた。
「また違う女の子かよ」
「隅に置けないな、ロジオンちゃん……」
と好き放題言われながらも文句を言わずについてきてくれたことは感謝している。
普段は日の暮れた時間にしか顔を合わせない関係だった(そんないかがわしいものではないけど)ため、この時間に彼の日頃の場所へお邪魔するのはいささかルール違反な気もしないでもなかったけど、もやもやしたこの気持ちのままレディ・カモミールとしての活動をこのまま続けてもいいものなのかと一刻も早く相談したくなったためやってきた。
次の新月まで待てそうになくて。
それにしても、
「前々から思ってたんだけど、あなたもずいぶん派手な暮らしをしているみたいね」
ずっと気になっていたことを口にすると、はぁ?という顔を返してくるロジオン。
確かに、背は小さい(本人も最も気にしているから禁句だけど)ものの、すっと伸びた鼻筋に長いまつげ、青空のように澄んだ青い瞳を持つ彼は、どちらかというと女の子にも見えなくはないとはいえ顔はどんなときもとっても整っている。
そんなロジオンにお声がかからないわけがないとはわかっているけど、ときたま耳にする彼の評価はわたしと会っているときの彼の様子とはずいぶんかけ離れていて信じられないものが多くあった。
「会うたび会うたびいろんな人から今日も別の女の子か? って聞かれるじゃない。聞くところによると夜な夜ないろんな女の子に会ってるって話も聞くし、誤解や嫉妬をされないように気をつけてよね。ただでさえきれいな顔の近衛隊員って話題になのに……ここは噂の渦巻く王宮なんだからね」
「ノエル、君がそれを言う?」
「それもそうね」
それをネタとして文字に起こしているのがこのわたし、レディ・カモミールなのである。思わず笑ってしまう。
変わらない。
わたしと話す時は変わらぬロジオンなのだ。
だから今までもあまり気にしてはいなかったけど、改めて考えると本当にわたしはこの人のことを知らないのだなぁとしみじみ思う。(ロジオンは絶対わたしのことなんてお見通しでしょうのに)
「あなたも可愛い顔してしっかり男の子なんだなぁ、と思うと感慨深いわよ」
ヘイデン様といい、本当に隅に置けないわ。
「なにそれ。僕ってそんなに君に心配されていたわけ?」
「そりゃ、レディ・カモミールの話で目を輝かせているあなたのことしか知らないんだもん。意外と年頃の男の子らしいお話が聞こえて安心したわよ」
「そりゃどうも」
そう言って肩をすくめるロジオン。
「でも君の思っているようなことはないと思うよ」
「スキャンダルが起きたらすぐに文字にして注目を反らせてあげるから安心して。ロジオンをモデルに物語を作れると思うと光栄だわ」
「現状、ネタ不足で悪かったね」
「わたしほどじゃないから安心して」
彼のお相手が何人いようと誰であろうと構わない。
こうして他愛もない会話をしてくれる友人(……なのよね?)がいなかったわたしには彼の存在はとても貴重なものだった。
たとえ、つながりがレディ・カモミールの作品……ということであっても。
「あっ……」
そこではっとして、嫌なことを思い出す。
今日、最も話さねばならないと思っていたお話だ。
「ロジオン」
「ん?」
「あなたに相談があって、よかったら聞いてほしいの。あっ、今が忙しいのならいつものように夜でも……」
「いいよ。聞くよ」
もちろん、と瞳を細めた彼にほっとする。
本当はここに来るまでどうしたらいいのかわからなくてドキドキしていた。
だけど、彼の顔を見たら安心したし、彼ならこうして話も聞いてくれると思っていた。
「わたしの能力についてなんだけど……」
何度も何度も言うためのシミュレーションはしてきたのに、結局言葉にするとどう伝えたらいいのか分からなくなり、困惑しながらもわたしは言葉を続けた。
目の前のロジオンの瞳が、圧倒されたように見開かけるまで。
ロジオンは驚きのあまり、言葉を失ったのは、わたしがそれを渡してすぐのことだった。
―――――
話を遡ることほんの少し前、もしかしたらここにいるかもしれないとさり気なく近づいた近衛団のたまり場という裏庭で、筋肉質な男たちにまざってその男は談笑していた。
「えっ、ノエル……」
驚いたように彼、ロジオンが顔を上げたとき、まわりの近衛団たちはこれ以上にないくらい騒ぎ立て始め、ずいぶんな居心地の悪さを感じたけど、わたしは動じることなく彼にちょっと来てほしい、と声をかけた。
「また違う女の子かよ」
「隅に置けないな、ロジオンちゃん……」
と好き放題言われながらも文句を言わずについてきてくれたことは感謝している。
普段は日の暮れた時間にしか顔を合わせない関係だった(そんないかがわしいものではないけど)ため、この時間に彼の日頃の場所へお邪魔するのはいささかルール違反な気もしないでもなかったけど、もやもやしたこの気持ちのままレディ・カモミールとしての活動をこのまま続けてもいいものなのかと一刻も早く相談したくなったためやってきた。
次の新月まで待てそうになくて。
それにしても、
「前々から思ってたんだけど、あなたもずいぶん派手な暮らしをしているみたいね」
ずっと気になっていたことを口にすると、はぁ?という顔を返してくるロジオン。
確かに、背は小さい(本人も最も気にしているから禁句だけど)ものの、すっと伸びた鼻筋に長いまつげ、青空のように澄んだ青い瞳を持つ彼は、どちらかというと女の子にも見えなくはないとはいえ顔はどんなときもとっても整っている。
そんなロジオンにお声がかからないわけがないとはわかっているけど、ときたま耳にする彼の評価はわたしと会っているときの彼の様子とはずいぶんかけ離れていて信じられないものが多くあった。
「会うたび会うたびいろんな人から今日も別の女の子か? って聞かれるじゃない。聞くところによると夜な夜ないろんな女の子に会ってるって話も聞くし、誤解や嫉妬をされないように気をつけてよね。ただでさえきれいな顔の近衛隊員って話題になのに……ここは噂の渦巻く王宮なんだからね」
「ノエル、君がそれを言う?」
「それもそうね」
それをネタとして文字に起こしているのがこのわたし、レディ・カモミールなのである。思わず笑ってしまう。
変わらない。
わたしと話す時は変わらぬロジオンなのだ。
だから今までもあまり気にしてはいなかったけど、改めて考えると本当にわたしはこの人のことを知らないのだなぁとしみじみ思う。(ロジオンは絶対わたしのことなんてお見通しでしょうのに)
「あなたも可愛い顔してしっかり男の子なんだなぁ、と思うと感慨深いわよ」
ヘイデン様といい、本当に隅に置けないわ。
「なにそれ。僕ってそんなに君に心配されていたわけ?」
「そりゃ、レディ・カモミールの話で目を輝かせているあなたのことしか知らないんだもん。意外と年頃の男の子らしいお話が聞こえて安心したわよ」
「そりゃどうも」
そう言って肩をすくめるロジオン。
「でも君の思っているようなことはないと思うよ」
「スキャンダルが起きたらすぐに文字にして注目を反らせてあげるから安心して。ロジオンをモデルに物語を作れると思うと光栄だわ」
「現状、ネタ不足で悪かったね」
「わたしほどじゃないから安心して」
彼のお相手が何人いようと誰であろうと構わない。
こうして他愛もない会話をしてくれる友人(……なのよね?)がいなかったわたしには彼の存在はとても貴重なものだった。
たとえ、つながりがレディ・カモミールの作品……ということであっても。
「あっ……」
そこではっとして、嫌なことを思い出す。
今日、最も話さねばならないと思っていたお話だ。
「ロジオン」
「ん?」
「あなたに相談があって、よかったら聞いてほしいの。あっ、今が忙しいのならいつものように夜でも……」
「いいよ。聞くよ」
もちろん、と瞳を細めた彼にほっとする。
本当はここに来るまでどうしたらいいのかわからなくてドキドキしていた。
だけど、彼の顔を見たら安心したし、彼ならこうして話も聞いてくれると思っていた。
「わたしの能力についてなんだけど……」
何度も何度も言うためのシミュレーションはしてきたのに、結局言葉にするとどう伝えたらいいのか分からなくなり、困惑しながらもわたしは言葉を続けた。
目の前のロジオンの瞳が、圧倒されたように見開かけるまで。