「は、はぁぁぁぁぁあ〜〜〜」

 夢のような空間である。

 足を踏み入れた途端、そこは宝島だった。

 まばゆい輝きは、はるか上空にある大きなシャンデリアの影響だけではないだろう。

 果てしなく広い室内にびっしり立ち並ぶ本棚が奥の扉まで永遠と続いている。

 上を見ても左右を見ても書籍で溢れている。

「わぁぁぁぁぁぁあ!!」

 何度目かになる感嘆の声を上げた。

 どこを見ても眼福で、圧倒されて見上げていると思わずひっくり返ってしまいそうだ。

「好きなものを好きなだけ読んでも良いとあの方は言ってらしたから、好きになさって」

 口を開けて頭上を眺めるわたしに、アイリーン様はクスクス笑っている。

「あ、あちらを見てきてもよろしいですか?」

「もちろんよ」

「ああ、こちらも……」

 右へ行こうか左へ行こうか。

 脳と体が喧嘩をして転びそうになる。

 あまりに恥ずかしい姿をこの方に見せたくはなかったが、そんな余裕はない。

「アイリーン様! で、ではわたしはこちらに……」

 意を決して足を進めようとしたわたしは、

「カモミール?」

「……え?」

 聞こえるはずのない単語がアイリーン様の口から漏れて固まるように足を止める。

 きっとこの場所で、わたしの動きを止められるのはこの単語だけかもしれない。

 内心そんな気がした。

 こわくて何を口にしたのかは聞き返せない。

(だっ、だって……今、確かに……)

「良い香りね」

「え?」

「髪にカモミールの香料をつけているの?」

「えっ!?」

 予想外のお言葉に、さらに混乱して首をふる。

「あなたからはとても良い香りがするわ」

 素敵ね、とアイリーン様。

 いえ、あなた様の方が数倍素敵ですと言いたいものだけど、それどころではなくてわたしはくんくんと自分の腕や肩に鼻を寄せる。

 確かに、ふんわりと香るその香りにあの後ろ姿が目に浮かんだ。

(ああ……これは……)

 そう思ったら、自然と頬が緩んだ。

「シルヴィアーナ様のお部屋の香りですね」

 いつも唯一彼女が好んで口にしているお茶の香りだ。

 今日はほとんど伺っていないのに、いつ移ったのかしら。

 ほんのりと甘い香りは、シルヴィアーナ様の香りだ。

 なぜだろう。

 なんだかすごく嬉しくなる。

「ふふ」

 アイリーン様が口元を抑えてクスクス笑い、今ここで笑う場所などあっただろうかと首を傾げる。

「あ、アイリーン様?」

「ふふ、ごめんなさいね。ただ……」

 アイリーン様は眩しい笑顔をわたしにむけた。

「不思議ね」

「な、なにがですか?」

「あの方とシルヴィアーナ様は、やはりよく似てらっしゃるのね」

「え?」

 問うよりも先にシュルシュルシュルと音がして、小さく光ったアイリーン様の手にカモミールの香りが漂ったティーセットと焼きたてのスコーンが乗っていた。

「読書を楽しんで」

(ああ……)

 鼻の頭がつんとした。

「あの方からの伝言よ」

 思わず泣いてしまいそうになった。

 もちろん、いい意味でだ。