ラブロマンスものがきっとレディ・カモミール(わたし)のお得意分野なのだと思う。

 王宮では良くも悪くも色恋沙汰が日常茶飯事で起こる出来事も人の数だけ様々な恋の形を目にする機会がある。

 おかげさまでそれらを脚色するのは比較的簡単で物語にするのは楽しくもあった。

 自分自身は恋愛とは無縁のくせに、それを開き直っていい気なもんだ。

 対して、シルヴィアーナ様限定でも怪盗とお姫様の物語も書いてはいるけどあまりに日常的ではないため、なかなかアイデアを生み出すのが難しかったりする。

「わぁ〜」

 だけど、これがファンタジーの世界観なのだろうなとしみじみ思う。

 今まで見えなかった光の道が、わたしの前に広がっていた。

「どう? 見ることができる?」

「み、見えます見えます! すごいです!」

 これがアイリーン様の魔術だ。

 すごすぎる。

「この先を真っ直ぐ進みなさい。あなたの行くべき場所に繋がっているから」

 ようするに、ヘイデン様の書庫であろう。

「今日はわたしもご一緒するわ。不安でしょうから」

「あ、ありがとうございます……」

 あまりの凄さに圧倒されて声も出なくなったわたしの様子を不安に思っていると誤解されたアイリーン様がさっとショールを羽織り直し、前を歩こうとしてくれる。

 彼女にもこの道が見えているのだろうか?

 そんな愚問が脳内に浮かんだとき、もうひとつ、ふと思ったことがあった。

「アイリーン様、そのショール……」

「え?」

 先を行くアイリーン様が振り返る。

 つややかな白金色のボブヘアーが柔らかく揺れる。

 それこそまた金色のキラキラした光の粒子があたり一面に飛び散ったようにも見えた。

「星夜祭のときのものですか?」

 ほんの少し、そのショールは使い込まれているような気がして、最近作られたものでないのだろうなと思えた。

 透き通るような薄い緑色。

 一体誰の瞳の色なのかしら?と興味が湧いて乗り出すようにして聞いていた。

 だって、わたしたちの心のアイドルであるアイリーン様の想い人よ。

 気にならないわけがない。

(薄い緑色……薄い緑色……)

 確かに、どこかで見たことがある。

 けれどもそれがどこで見たのかすぐに思いつかなかった。

「違うわ」

 改めてわたしに背を向け、アイリーン様は歩みを進める。

「冷え込む時期にはいつもこれを使っているのよ。他の理由はないわ」

「ああ、そうなのですね」

 とっても気になったけど、違うのなら仕方がない。

 アイリーン様のようなお方の心を射止めることができる男性なんて、簡単には想像がつかないもの。

 下世話な話で申し訳ないけれど、もしもいらっしゃるのなら考えただけでもわくわくしてしまう。

「でも、一番好きな色なの」

「え……」

「この色はね、元気をくれるのよ」

 その含み笑いに何が意味されているのかわからない。

 だけど、アイリーン様の頬が一瞬だけ緩んだような気がした。

 恋をしたこともなければその予定もないわたしは、物語を書くことでなんとなく恋というものを知った風なつもりになっているのだけど、この柔らかな表情はその可能性もなくはないだろうと思わされた。

 なにより、さすがに同性のわたしでも心が奪われてしまいそうだった。