「それはいったいどんな物語なんだい?」

「えっ!!」

 ヘイデン様の屈託もない眼差しが突然刃のように研ぎ澄まされ、わたしに襲いかかってきた。……それくらいの衝撃だった。

 あまりに驚きすぎて一気に現実世界に引きずり戻されたほどだ。

「最近のシルヴィアーナの興味を示している物語だなんて、興味があるよ」

「あ、あああああ……え、えっとぉ……」

 さ、さすがに……さすがに今、わたしの持っているこの作品はシルヴィアーナ様専用作品ということもあって、薄紫色の瞳を持ち、いつもどんなときでも登場時には月明かりを背景にして、どこからともなく吹いてくる風にアッシュゴールドの髪をなびかせながら現れる美しい王子の登場シーンはない。……はずだ。

 それでも、異性の(ロジオンは別よ!)、しかも我が国の王子様(ご本人)にお見せするにはとてもじゃないけど気が引けた。

「大丈夫だよ。わたしはどんなジャンルの作品にでも理解がある方だからね」

 り、理解って……そんないかがわしいものを持っているわけではないのだけど、いや、ある意味そうなのかもしれない。

「ノエル……」

 経験から言わせてもらうと、顔のいい人間ほど圧が強い。現に彼も有無を言わさぬ完全無敵な微笑みが早くそれを出せと告げている。じょ、冗談じゃない。でも……

「こ、これはヘイデン様にお見せするようなものでは……」

「ねぇ、ノエル。わたしの書庫を見てみたいとは思わないかい?」

「えっ……」

「一日ではとても見きれない、わたし専用の書庫なんだ。叔父上の趣味もあって、津々浦々から集められた様々な書籍や文献なんかも揃っているんだけど……」

「えっ……」

(な、なにそれ……なんなの、そのネタの予感しか感じられない宝島(書庫)は!!)

「へ、ヘイデン様……」

 そ、それは、わたしをモノで釣ろうとしているのでは……。

「この前もね、東洋から面白い書籍をいくつか手に入れてね。ノエル、知っていたかい? 海の向こうのずっと向こうには小さな島国があって、その国の物語なんだそうだよ。独特の文化を持っていてね、一度君にも……」

「……どうぞ」

 結局こうなる。

 結局根負けしてしまって、素直にそれを手渡すわたしがいた。後悔したってもう遅い。

「わたしは嘘はつかないよ」

 しなやかな手付きですっとわたしから、レディ・カモミールの手記を受け取ると(ほとんど奪われたようなものだわ!)頬のもとでポーズを取るように添え、彼はにっこりする。

(ああ、そんな姿さえも絵になってしまうのが悔しい……)

「業務が終わった頃、いつでも君が入れるようにしておくから、いつでも自由に来るといい」

「………」

 た、たしかに。

 たしかにわたしが自由に動ける時間といったら業後の午後八時以降の夜の僅かな時間しかないけど、そんな時間に王子様のもとへ訪れるなんて……そ、それはそれでなんとなく素直に頷けない複雑な心境が胸をよぎる。

「ああ、もしかしてわたしのことを疑っている?」

「え?」

「大丈夫だよ。君が書庫にいる間は一切邪魔しないと約束をしよう。君はわたしやシルヴィアーナにいつも良くしてくれるからね。お礼の気持ちも兼ねてね」

「はぁ……」

 良くするほどこのちっぽけなわたしになにができているのだろうか。

 それでも、そう言われたことがなんだか嬉しくて自然と頬が緩んだ。

 存在を認められることのない脇役でも、誰かの役にたったと言われるのなら、これほど嬉しいことはないのだから。

 その日、わたしは王子様とのちに自分の運命を変える素敵な約束を交わしたのだった。