「そこで、怪盗が現れたんです」

 レディ・カモミールはいつも王宮で起こる恋の物語を書き続けている。

 騎士とお姫様の禁断の恋の行方や、王子様とお姫様のお話、たまには悲恋の物語も書くけど、基本的にはハッピーエンドが多い。

 作品の中だけくらい夢を見たり、笑える世界があってもいいじゃないか。

 わたしの持論である。

 たとえば一概に『騎士とお姫様』と言ってもただ普通の騎士とお姫様ではなく、最強と恐れられているのに本当は可愛いものが大好きで気の弱い騎士と逆に気が強くてすぐにでも男装をして脱走を繰り返すお転婆なお姫様の組み合わせなど、一癖も二癖もあるキャラクターを組み合わせることでその意外さから興味を持ってくれたご令嬢が多いのだろうと思っている。

 残念ながら知識をしっかり含んだ正統派の純文学を書いているわけではないのだけど、娯楽の一環として気軽に楽しんでもらえる話になればいいなと思っている。

 今は、歌唄いのお姫様のお話を書いている。

 名はグランベール。

 彼女には不思議な力があって、彼女がその人(依頼主)の思い出の曲を口にすることで、その人の過去の景色を垣間見ることができるのだ。

 思い出に残る曲は、微笑ましい思い出ばかりではない。

 心に残るその世界の中で、お姫様はその傷を彼女なりに癒やして回る。


        −−−−−
         

  『王宮浪漫日和(ロマンスデイズ)
      〜歌唄いの薬箱(ハオスアポテーケ)~』

         ⚘⚘⚘


 一話ごと登場人物(依頼人)は変わる。

 ご依頼主の数だけ物語は生まれる。

 姿を偽って依頼を受けにいくお姫様の歌唄いとしての衣装もできるだけ毎回、いろんなテーマを意識して書いており、その衣装に合わせて作られたドレスがあるのだと聞いたことがある。

 残念ながらわたしにはそれらを目にする機会はないのだろうけど、あの文章一つであそこまで正確にドレスを作り上げた職人もすごいよ!とロジオンが絶賛していたのを思い出す。

 こういうとき、ちょっとロジオンが羨ましいな、と思ってしまうこともあって、それでそんなことを一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしく、深い自己嫌悪に陥る。

 諦めた世界を覗いてみたくなる。

 わたしもまだまだ未熟者だわ。

 そして、ひとつだけ。

「一同は息を呑みました。だって、怪盗の予告状にはこう書かれていたんです」

 世界にたったひとつ。

 これはロジオンにさえ伝えていない物語がある。

「今夜、ベルガモット姫を盗みに行きます、と」

 ゆっくりとページをめくりながらわたしはその先の反応を待つ。

「ああ、残念です! 今週の物語はここまでのようです。あとは次回に続きます」

 レディ・カモミールの特別編は少しずつ更新されるため(頑張れわたし!)完成され次第こうしてページをめくるのだ。

「ねぇ! シルヴィアーナ様! このあと、どうなると思われますか?」

 視線の先で窓の外を眺め、振り返ることのない大切なお姫様に向かって、わたしは大袈裟なほど明るく振る舞ってみせる。

 彼女はいつものとおり、笑ったり泣いたり、驚いたりすることはない。

 だけどわたしはめげない。

 他のご令嬢の心を掴めたのなら、凍ってしまったこの人の心だって溶かしてみせたい。

 それに、わたしが明日は新作をお持ちしますね、と言って帰った次の日は決まってカモミールのお茶とスコーンが彼女の前には用意されている。

 そしてこの時間は、わたし以外の侍女が立ち入ることもなくて、なんだかんだで歓迎されているような気がしないでもない。

「鉄壁だと言われた王宮に怪盗が入り込むことなんてできると思いますか?」

 少しずつでいいのだ。

 少しずつ、彼女がまた外の景色に興味を持ってもらえたら、それだけでわたしは嬉しい。

「今回は魔王の血を引く魔術師も護衛の一人に加えられているんです」

 ここからの展開をまとめるのはレディ・カモミール(わたし)の力量にかかっているのだけど、まとめたネタ帳には少し先の展開まで書き込んであるからしっかり文章になるまでは乞うご期待だ。

「でも……お姫様はどちらが幸せなんでしょうね。王宮で閉じ込められて暮らす何不自由のない窮屈な暮らしと怪盗によって救い出されて新しい世界に一歩を踏み出すのと……」

 思わずもらしてしまって、はっとする。

「あっ、いえ、すみません……」

 ネタバレは厳禁だ。

 なにより、いくらシルヴィアーナ様がわたしに反応をしてくれないとはいえ、独り言のように話し続けているためか、なんとなく最近は勝手に距離が近づいたような錯覚に陥っており、思った以上に馴れ馴れしくしがちな自分自身に毎度のことながら反省をする。

「ま、また新しい作品が手に入ったらお持ちしますね!」

 レディ・カモミールのたったひとつの物語は、シルヴィアーナ様しか知らない。

 外の世界を知らないシルヴィアーナは現在連載されている『王宮浪漫日和 〜歌唄いの薬箱(ハオスアポテーケ)~』のことももちろんご存知ないはずだ。

 それをいいことに、わたしは……レディ・カモミールは彼女だけの一作を別に作り続けている。

 彼女が本当は本が大好きで、きゅんとした恋愛よりもわくわくと胸をときめかすファンタジーものが好きだと聞いたことがあり、それから改めて執筆を始めたのだ。

 ロジオンとの出会いのきっかけになった『王宮浪漫日和 〜失われた時間と勇者の伝説~』に次いで『王宮浪漫日和 〜怪盗モーヴ、今宵も参上~』は絶賛二作目である。

 そして、『怪盗モーヴ、今宵も参上』はシルヴィアーナ様しか知らない。

 これらはロジオンの意見を聞いていないからまた『ありきたり』だの『だっさいタイトル』だの好き放題言われてしまうかもしれないけど、シルヴィアーナ様がやめろと言わない限りはやめるつもりなんてない。

 わたしは読み終わったあとに明るく前向きになれる作品を書きたいのだ。

 ハッピーエンド重視なのである。

 怪盗が来たって竜が来たって魔王が来たって天災が来たって怖くない。

 だって、この世界での最強は作家《わたし》なのだから。

 作家の表現ひとつで世界は変わる。

 怪盗だって捕まえてやるし、竜だって退治するし、魔王はまた封印すればいいし、天災も魔術師の力でどうにかすればいい。

 作家がそう綴ってピリオドを打てば世界の平和は守られるのだ。

 怖いものなんて何もない。

「次はもっと、面白くなるはずです」

 だから笑ってください。

 何度だって楽しいものを作りますから。

「お待ち下さいね」

 わたしの大切なお姫様(シルヴィアーナ様)