「ああ、こんなところで逢引だなんて、君もすみにはおけないね、ノエル……」
「えっ!」
突然……突然人のいる気配がした。
本当に突然だった。
先ほどまて誰かがいるような気配は完全になかったのだ。
こんなところに誰が?と思うよりも先に、わたしは勢いよく頭を下げる。
こんな時間にこんなところでお会いする人物は彼しかいないだろう。
「いいよいいよ。わたしも君も今は共に時間外だ。気軽にしてくれ」
「いえ、そのように言われましても……」
王子様に時間外などあるのだろうか。
そう思いつつ顔を上げた先で、ふっと優しい薄紫色の瞳が細められた。
どこからともなく吹いてきた風が彼の柔らかそうなアッシュゴールドの髪の毛を揺らす。
(ほら、吹いてきた)
月の光がゆっくりと背後から彼の登場シーンを演出する。
(きたきたきたきた……)
わたしの表現のとおりなのだ。
やっぱり、彼の登場はこうでなくては。
まさにわたしの中の王子様像の登場シーンのイメージはこれだ。
とはいえ、マンネリ化と言われれば、たしかにそうかもしれない。
「ん? わたしの顔に何かついているかい?」
「あっ、いえ……」
不思議そうに肩をすくめ、顔を近づけてくるヘイデン様を前に、わたしは飛び上がるとともにまたのんきに妄想に浸っていた自分自身に反省する。
(それにしても……)
いつもいつも、このワンパターンな状況に、わたし自身も誰か、語彙力の少ない人に表現されているひとりなんじゃないかと心配になってくる。
いくらイメージとはいえ、毎度毎度はマンネリ化してしまって面白くないだろう。
次はもう少し工夫してみよう。
小さく拳を握り、自分自身にこっそり誓った。
「ヘイデン様もまた、おひとりで外出をされてはグレイス様に……」
「グレイスも一緒だったんだよ」
「えっ……」
「先ほど帰ったばかりでね。道を変えたらたまたま君の逢引している場面を目にしてしまったものだから、わたしだけここに残ったんだよ」
調子のいい言葉を並べて、ヘイデン様は笑った。
「あ、逢引では……」
ロジオンとのことを言っているのだろうか。
それだったら非常に気まずい。
わたしたちの会話を聞かれていたのではないだろうかと気が気でない。
「遠くからなんとなく見えたけど、あれは、妹の護衛さんだね」
遠くから……とあえて強調されたようにも感じられたけど、ロジオンがばっちりエヴェレナ様の護衛であることはばれていて油断ならない。
「わたしの誘いには乗ってくれないのに、嫉妬してしまうなぁ」
(はっ!?)
そっと伸ばされた指先が頬に触れてわたしは跳ね上がる。
王子様との近づく距離感を本物の王子様で体験できる絶好の機会だったのに、王子様どころか男性に免疫のないわたしには難易度が高すぎてお手柔らかに頼みたい。
「へ、ヘイデン様、お、お戯れが過ぎ……」
「ああ、ごめんね」
「ヘイデン……様……」
手を引きかけた彼が、一瞬寂しそうな表情を浮かべたのは気のせいだろうか。
まさかね。
「ああやって彼とは定期的に会っているの?」
「よ、良い友達なので!」
どんな返しだ。
自分でも笑えてくる。
不貞を疑われて慌てて否定をしている間男みたいな回答を、このまま口を開けば永遠としてしまうのではないだろうかと自分でも情けなくなる。
「噂の多い男だね」
「……まぁ、そうですね」
なぜヘイデン様までもがそこまで知っているのかと疑問に思うものの、彼はよく目立つ容姿をしているからね、と笑うヘイデン様を横目に、ここまで面が割れていて情報を握られているロジオンに何となく同情した。
「ああ、なんてことだ。ノエル、気をつけるんだよ」
「はぁ……」
あなたがそれを言いますか。
「心配だなぁ……」
なぜあなたが心配をしてくれるのか。
きっと本心ではないのだろう。
そう言いながらも余裕綽々の様子を崩すことなく、柔らかく細められた瞳はまるで宝石のようだ。
ご令嬢たちは、この瞳の色を探して、この色を求めて、星夜祭を心待ちにしている。
(あなたの方が罪な男よ)
こっそり思う。
街の毛糸や布が怪盗バロニスに狙われたのだって、ご令嬢たちが彼との突然の恋に今でも夢を見るのも、わたしの王子様像が凝り固まっちゃったのも、すべてこのお方が曖昧な態度を取り続けるせいなのだ。
シルヴィアーナ様というお方がいるというのに。
「隙が多いよ、ノエル!」
「!!」
ふにっと両頬を大きな手で包み込まれ、またまた体内の熱がすべて放出されそうなくらい熱くなってくる。
「やっぱり、心配だね」
「いえ、心配なのはあなたですよ」
もう見てられません、と木陰からこれまた気配なく現れたのは、ヘイデン様の側近であるグレイス様だ。
「いい加減にしてください。あなたこそ、執務が残っているのでお戯れもここまでにしておとなしく城内へお戻りください」
「ええーっ、今はわたしも時間外のはずだよ」
急に子どもじみた態度になってヘイデン様は応戦するもグレイス様の凍りついた瞳にわかったよ、と折れるしかないようだった。
「あなたも、自分で戻れますね」
視線すらもこちらに向けてもらえなかったのだけど、わたしに向かって言っていることは間違いなく、蛇に睨まれた蛙状態になり、光の速さで頷く。
「は、はい! すぐに戻ります」
戻りますとも!
一刻も早く。
昨日は睡眠時間を随分削ったのだ。
わたしだって早く帰りたい。
「ノエル、本当に気をつけるんだよ」
「え?」
薄紫色の瞳にわたしが映され、どきりとする。
「もちろん、彼のことだけじゃない」
ヘイデン様の表情が読めない。
こういうとき、王子様目線のサイドストーリーでだったらもしかして語られるかもしれないけど、脇役相手の物語にはその物語は期待できない。
だから自分で想像するしかない。
そんなわたしに向かって、彼は言った。
「騒がしくなりそうだからね」
これは、マンネリ化の終わりを告げる言葉だったのだと、あとから知ることになる。
「えっ!」
突然……突然人のいる気配がした。
本当に突然だった。
先ほどまて誰かがいるような気配は完全になかったのだ。
こんなところに誰が?と思うよりも先に、わたしは勢いよく頭を下げる。
こんな時間にこんなところでお会いする人物は彼しかいないだろう。
「いいよいいよ。わたしも君も今は共に時間外だ。気軽にしてくれ」
「いえ、そのように言われましても……」
王子様に時間外などあるのだろうか。
そう思いつつ顔を上げた先で、ふっと優しい薄紫色の瞳が細められた。
どこからともなく吹いてきた風が彼の柔らかそうなアッシュゴールドの髪の毛を揺らす。
(ほら、吹いてきた)
月の光がゆっくりと背後から彼の登場シーンを演出する。
(きたきたきたきた……)
わたしの表現のとおりなのだ。
やっぱり、彼の登場はこうでなくては。
まさにわたしの中の王子様像の登場シーンのイメージはこれだ。
とはいえ、マンネリ化と言われれば、たしかにそうかもしれない。
「ん? わたしの顔に何かついているかい?」
「あっ、いえ……」
不思議そうに肩をすくめ、顔を近づけてくるヘイデン様を前に、わたしは飛び上がるとともにまたのんきに妄想に浸っていた自分自身に反省する。
(それにしても……)
いつもいつも、このワンパターンな状況に、わたし自身も誰か、語彙力の少ない人に表現されているひとりなんじゃないかと心配になってくる。
いくらイメージとはいえ、毎度毎度はマンネリ化してしまって面白くないだろう。
次はもう少し工夫してみよう。
小さく拳を握り、自分自身にこっそり誓った。
「ヘイデン様もまた、おひとりで外出をされてはグレイス様に……」
「グレイスも一緒だったんだよ」
「えっ……」
「先ほど帰ったばかりでね。道を変えたらたまたま君の逢引している場面を目にしてしまったものだから、わたしだけここに残ったんだよ」
調子のいい言葉を並べて、ヘイデン様は笑った。
「あ、逢引では……」
ロジオンとのことを言っているのだろうか。
それだったら非常に気まずい。
わたしたちの会話を聞かれていたのではないだろうかと気が気でない。
「遠くからなんとなく見えたけど、あれは、妹の護衛さんだね」
遠くから……とあえて強調されたようにも感じられたけど、ロジオンがばっちりエヴェレナ様の護衛であることはばれていて油断ならない。
「わたしの誘いには乗ってくれないのに、嫉妬してしまうなぁ」
(はっ!?)
そっと伸ばされた指先が頬に触れてわたしは跳ね上がる。
王子様との近づく距離感を本物の王子様で体験できる絶好の機会だったのに、王子様どころか男性に免疫のないわたしには難易度が高すぎてお手柔らかに頼みたい。
「へ、ヘイデン様、お、お戯れが過ぎ……」
「ああ、ごめんね」
「ヘイデン……様……」
手を引きかけた彼が、一瞬寂しそうな表情を浮かべたのは気のせいだろうか。
まさかね。
「ああやって彼とは定期的に会っているの?」
「よ、良い友達なので!」
どんな返しだ。
自分でも笑えてくる。
不貞を疑われて慌てて否定をしている間男みたいな回答を、このまま口を開けば永遠としてしまうのではないだろうかと自分でも情けなくなる。
「噂の多い男だね」
「……まぁ、そうですね」
なぜヘイデン様までもがそこまで知っているのかと疑問に思うものの、彼はよく目立つ容姿をしているからね、と笑うヘイデン様を横目に、ここまで面が割れていて情報を握られているロジオンに何となく同情した。
「ああ、なんてことだ。ノエル、気をつけるんだよ」
「はぁ……」
あなたがそれを言いますか。
「心配だなぁ……」
なぜあなたが心配をしてくれるのか。
きっと本心ではないのだろう。
そう言いながらも余裕綽々の様子を崩すことなく、柔らかく細められた瞳はまるで宝石のようだ。
ご令嬢たちは、この瞳の色を探して、この色を求めて、星夜祭を心待ちにしている。
(あなたの方が罪な男よ)
こっそり思う。
街の毛糸や布が怪盗バロニスに狙われたのだって、ご令嬢たちが彼との突然の恋に今でも夢を見るのも、わたしの王子様像が凝り固まっちゃったのも、すべてこのお方が曖昧な態度を取り続けるせいなのだ。
シルヴィアーナ様というお方がいるというのに。
「隙が多いよ、ノエル!」
「!!」
ふにっと両頬を大きな手で包み込まれ、またまた体内の熱がすべて放出されそうなくらい熱くなってくる。
「やっぱり、心配だね」
「いえ、心配なのはあなたですよ」
もう見てられません、と木陰からこれまた気配なく現れたのは、ヘイデン様の側近であるグレイス様だ。
「いい加減にしてください。あなたこそ、執務が残っているのでお戯れもここまでにしておとなしく城内へお戻りください」
「ええーっ、今はわたしも時間外のはずだよ」
急に子どもじみた態度になってヘイデン様は応戦するもグレイス様の凍りついた瞳にわかったよ、と折れるしかないようだった。
「あなたも、自分で戻れますね」
視線すらもこちらに向けてもらえなかったのだけど、わたしに向かって言っていることは間違いなく、蛇に睨まれた蛙状態になり、光の速さで頷く。
「は、はい! すぐに戻ります」
戻りますとも!
一刻も早く。
昨日は睡眠時間を随分削ったのだ。
わたしだって早く帰りたい。
「ノエル、本当に気をつけるんだよ」
「え?」
薄紫色の瞳にわたしが映され、どきりとする。
「もちろん、彼のことだけじゃない」
ヘイデン様の表情が読めない。
こういうとき、王子様目線のサイドストーリーでだったらもしかして語られるかもしれないけど、脇役相手の物語にはその物語は期待できない。
だから自分で想像するしかない。
そんなわたしに向かって、彼は言った。
「騒がしくなりそうだからね」
これは、マンネリ化の終わりを告げる言葉だったのだと、あとから知ることになる。