『放火ドッキリチャンネル@パウンド』という配信者が投稿した、ある悪戯動画がとても悪い意味で世間の注目を集めていた。
 チャンネルが開設されたのは、二ヵ月も前のこと。投稿されている内容は、主に化学薬品を組み合わせて生成された火薬を爆破させる実験の様子だった。
 最初は作る工程と、人けのない場所での破裂シーンの投稿が多かったのも束の間、しばらくして捕獲したスズメやカラスからむしり取った羽や、ネズミを火薬の上にわざと置くと、バチン! と爆竹のような破裂音とともに着火する、残虐非道な動画が連日投稿されるようになった。
 運営側はすぐに動画を強制的に非公開にし、アカウントを凍結させたが、パウンドは性懲りもなく再び新しいアカウントを作成、投稿を何度も繰り返した。
 次第にそれは、人の住む住宅街へ仕掛ける、悪質なドッキリ動画と化していった。死傷者は出ていないものの、器物破損の被害が多数報告されている。動画の本数が増えていくうちに、いつしか近隣住民や建物の所有者らが団結し、警察に被害届を提出され、捜査が開始された。
 しかし、警察の調べで、パウンドが使用しているアカウントは凍結されたものも含めて、個人情報がすべて異なった。それぞれの連絡先に事実確認をするも、投稿アカウントだけでなく、SNSやメールアドレスはすべて、何らかの理由で現在は使われていないものだったことが判明。そのうち一人は借金を返済するために売ったとまで言っている。電話番号も足がつかないようにされており、特定は難しいという。
 そんな最中、住宅街でボヤ騒ぎが起こった。
 ある一軒家の庭に爆竹を投げ入れられ、屋外に置かれていた灯油のボトル近くで破裂、そこから地面に垂れていた灯油に引火したようだ。
 この日は夜になるにつれて空気が乾燥しており、強い風が吹いていた。広がった炎の勢いは明け方まで落ち着くことはなかったという。幸い、家主は家族そろって旅行中で中に人はおらず、隣の家に燃え移ることもなかったため、死傷者は一人も出すこともなく鎮火されたという。
 その後、警察の調べで出荷近くにパウンドが使う火薬の煤と同じ物が検出された。近辺で警察が聞き込みしていたところ、焼失した家を不審に覗き込む男を見つけた。右目から頬にかけて火傷の痕が残る男は、にやりと嘲笑ってこう言った。
『やっと気付いたか、パウンドの偉業さに』
 男改め、()(ぶせ)(あきら)はそう言って警察官に暴行、公務執行妨害罪で逮捕に至った。
 その後、火伏の自宅を調べたところ、パウンドが使用する火薬の材料やパソコンに投稿されていた動画の元データが残されていたのが決定打となり、正式に放火の疑いで逮捕。事件は一見、解決したかと思われた。
 しかし、テレビ局各所でパウンド逮捕のニュースが流れると、次に模倣犯が現れ、ボヤ騒ぎが加速。どれも未遂で終わっているものの、立て続けに起こる悪質な悪戯に、警察は今も対応に追われている。

 ◇

「つまり、早瀬さんはその模倣犯の潜伏先を探るべく、シグマに聞きに来たってことですか?」
 下の階にある喫茶『サフラン』で夕食を終え、優雅にコーヒーを飲んでから事務所に戻ってくると、さっそく早瀬の依頼内容が明らかになった。
 巷で『パウンド連続放火事件』と題して各局がトピックスとして取り上げていたことは、入院中だった真崎もよく覚えている。昼時に放送されたご意見番タレントが集まる番組で、パウンドとして逮捕された火伏について人相が悪いだの、顔の火傷は過去の火遊びが原因だのと、家庭環境等も番組スタッフが調べたものを並べ、好き勝手言っていた。
 すでに犯人は捕まっているため、てっきり解決したものだと思っていたが、実際はこれで終わりにはならなかったらしい。
(テレビもネットも、話題が欲しいがまま報道したニュースの結末なんて、金にならないとでも思っているんだろうか)
 それとも、結果を伏せたまま、誰にも届かずひっそりとどこかに載せるのは、ネットでの検索率を上げるための施策だろうか。なんにせよ、世間に少しでも流したのならば、最後はどうなったのかを簡潔に述べてから終わらせて欲しいものだ。
 しかし、真崎の問いかけに早瀬は首を横に振った。
「模倣犯への対策は別の捜査チームが編成されて動いている。俺が今日、シグマに頼みにきたのは、ある情報を調達してほしいからだ」
「それって俺も知らない情報って前提で聞いていることになるけど? 舐めてんの?」
 ソファに足を投げ出し、だらけた格好で早瀬に問うシグマは、ムッとした表情をしている。だてに情報屋として動いているわけではないようで、挑発的に聞こえたらしい。
 早瀬は気にすることなく続ける。
「持っていたら大金星だろうが、抜け穴だと思うぞ」
「どういうこと?」
「俺が欲しいのは、本物のパウンド(・・・・・・・)の情報だ」
 本物――その言葉を聞いて、シグマは目を細めた。
 真崎は早瀬の言葉の意味が飲み込めず、おそるおそる片手を挙げた。
「あの、パウンドはもう捕まっていますよね?」
「パウンドと名乗る男は逮捕した。――が、それが本物であることは現在調査中だ」
 訳がわからなくなってきた。真崎の顔がさらに険しくなったのを見て、早瀬は「順に説明するから」となだめた。
「つまり、逮捕されて事情聴取を受けている火伏は白なんじゃないかってこと」
「そう思う理由はなんですか?」
「……その前に、パウンドと模倣犯との見分け方を伝えておこう」
 早瀬曰く、パウンドが使う爆竹は、市販品とは異なる火薬を使用しているという。
 現在日本で一般的に使用されている爆竹は輸入されたもので、燃焼速度が非常に早く、黒色火薬よりも少量で大きな爆発音を出す「アルミ爆」と呼ばれる火薬からなるものだ。
 しかし、パウンドが作るのは「三ヨウ化窒素」と呼ばれる化合物。衝撃に敏感で、軽く触れただけで爆発し、市販の爆竹のような破裂音がする。これは、生成時でも扱いを一つ間違えればその場で爆発する可能性が高く、非常に不安定で危険なものである。
「パウンドはこれを、動画内で市販の爆竹が破裂したように見せる撮り方をしていた。爆破を楽しむ快楽劇ではなく、本物そっくりに似せる自分の実力を見せびらかす承認欲求―
―それが目的だと、捜査本部は見ている」
「動画内でどうやって市販と手製を見分けるんですか? 徹底的に隠していたとして、さすがにわかる人も出てくるんじゃ……?」
「動画ではまず市販の爆竹を見せているが、その後は動画事体が編集されていることがわかっている。それに、火薬の成分は科捜研で調べれば一発で見分けはつく。使っている薬品もすぐに足がつくだろう。だから今、事件関係者と理工学部や爆弾関係に詳しく、今までボヤ騒ぎがあった場所を中心に割り出した範囲に住む住民を中心に、しらみつぶしに捜索している。……ただ、問題はここからなんだ」
 早瀬はそう言って、さらに三本の指を立てて順番に続ける。
「一つ、パウンドが火薬、破裂による発火にこだわる理由。放火なら、ライターでもマッチでも、いくらでも方法があるはずだ。しかし、奴は頑なに破裂によって引火する方法を選んでいる。しかも扱いが困難な三ヨウ化窒素ときた。触れただけで破裂するほど危ないものだし、ストックもできない」
「ただ火遊びがしたいだけならかえってリスキーですよね。ストックができないってことは、その場で生成しているってことですし。でも効率がすごく悪いのに、どうして今まで目撃証言もなかったんですか?」
「発火の痕跡があった場所は人通りが少なく、防犯カメラがない場所だ。一番近いカメラでも不審な車や人の出入りは確認されておらず、引き続き情報を集めてはいるが、これと言って確実な情報は掴めていない」
 特に現在の日本は、数年前に流行した感染症の対策の名残で、未だマスクをつけて出歩く人も少なくない。顔認証もそう簡単に使えるものではないだろう。
「そして二つ目、すでに逮捕されたパウンドと名乗る火伏昭のこと。自分でやったという証言として、火薬を作る際に使った道具、材料が自宅から押収された。……が、テーブルの上といった、一目で目に付く場所にまとめられて置かれていた」
「それは普通なのでは? すぐに出せるように、ひとまとめにして置くのは効率がいいし、特におかしいとは思いませんけど……」
「だったら見てみるか? ほらっ」
 そう言ってシグマが真崎に資料を投げ渡す。極秘と書いてあるだけあって、一般市民の自分が見ていいものではないと躊躇いつつも、ページを捲っていく。
 丁寧にまとめられた資料の中には、その火伏という人物の自宅を撮影した画像がいくつか貼られていた。IHコンロが二口あるキッチン、黒カビ一つも見当たらない綺麗な風呂場。そして、ほとんど物のないリビングに、ぽつんと置かれた煤まみれの段ボールには、なにやら薬品らしいものがいくつか入っている。
「なんか……すごく違和感のある写真だな」
「警察で部屋中をくまなく調べたが、犯行に行く前に掃除をしていたのか、とても綺麗に整理整頓されていた。そんな部屋の中心に、薄汚い段ボールを置くとは思えなくてな。誰かが火伏に濡れ衣を着せようとしているんじゃないかとも思ったんだ。そして、ラストの三つ目は――マサキ、お前に関係している」
 早瀬が真崎をまっすぐ見据え、続ける。
「お前が監禁されていたレンタルコンテナの近くで、パウンドが作ったものと同等の三ヨウ化窒素の火薬がわずかに見つかった。おそらく破裂した際に飛び散った火薬の残りだろう。コンテナの側面の一点に集中しているほか、近くのものは焦げ、火薬を載せていたであろう、ろ紙の燃え残った破片が見つかっている。ただ、すぐに雨が降ったことや、山奥だったという点から、誰も気付いていなかった。そしてこれが一番の謎なんだが……破壊されたお前が着ていた服に、微量だが火薬が付着していた。焦げた跡はなく、火薬のままついていたようだから、おそらく効果が切れた残りだろう」
「……は?」
「もし、パウンドが本気で()()び(・)をしていたら……今頃、コンテナはどうなっているか、言わなくてもわかるだろう」