「え?」
「特殊メイクや声色を変えても、俺に嘘は通用しない」
 シグマの言葉に、真崎は素っ頓狂な声を上げてしまう。確かに見た目は自分が知っている箕輪輪子だ。すると、シグマは眉をひそめる真崎にスマートフォンを見せる。
 表示されている内容を目にして、ハッとした。今まで感じていた矛盾、違和感――すべてが繋がっていく。
「……そういうことか」
「理解した?」
 シグマの言葉に黙って頷く。もう迷うことはない。事実は掴んだ。
 一方で、目の前で箕輪輪子の姿をした人物はどこか楽しそうに口元を緩ませていた。見慣れた顔のはずなのに、今の真崎にはおぞましく映る。
「これから何をするつもりかしら?」
「たっぷり教えてやるから慌てんなよ。――ここからが、俺達の推理だ」
 そう言ったシグマが真崎の背中を押し出した。一歩下がった場所にいたのが気に食わなかったらしい。
 今、真崎がすべきことは後悔ではなく、真実を明らかにすること。そうして幾分かクリアになった頭で一度深呼吸をすると、真崎はスマートフォンを掲げながら話し出した。
「ここには、ワルトに勤めていた人間がどこの会社に異動、転職したのかを調査した内容が記載されています。俺の相棒の情報収集能力は悲しいことに非常に優秀でしてね、ワルトを連鎖倒産に追い込んだ取引先の会社も調べてくれています。そしたら、やはり担当先は俺の名前で記されていました」
「あら、別に間違っていないじゃない。あなたが知らずに担当していた会社が、倒産に至った。それだけのことよ?」
「それがおかしなことに、俺の名義で最近よく見る会社名も取引しているみたいなんですよ。……『サイレンくん』のアプリ開発をしている、土井さんの会社です。おかしいなぁ。土井さん、俺のこと知りませんでしたよね?」
 初対面した際、会社名は異なるが本名が書かれた名刺を渡した。もし真崎が本当に担当していたとしたら、すぐにわかるはずだ。
 土井自身もそれに気付いたのか、すぐに視線を泳がせた。つまり土井も、名前は知っていたが、真崎とは本当に初対面だったのだ。
「元々取引先として案件を取ってきたのは箕輪輪子だ。その会社も土井と同じバクリープの売買に手を出していた。それにも関わらず、報告書や申請する際の名義はマサキの名前になっている。箕輪が不審な動きをし始めた一年前から、データが途中から書き換えられていたってことさ」
「バカね。ワルトは比較的大きな会社よ? いくら忙しい営業部だからって、そんな改ざんならすぐにわかるはず」
「普通はな。でもアンタ達なら簡単だろう? 全員の記憶から消して、新たに植え付ければいいんだから」
 シグマの言葉に、真崎は思い出したばかりの記憶を奥から引っ張り出す。
 ワルトのオフィス内には水ボトルで補充するウォーターサーバーが設置されていた。真崎はあまり利用していなかったが、多くの社員が利用していたのを思い出す。
 そして彼らの手元には、バクリープがある。もし赤い花事件と同じ手口でバクリープを摂取されていたとしたら――社員の記憶の改ざんはある程度可能だろう。
「そして、箕輪輪子が別の会社で新規事業の立ち上げメンバーとして引き抜きされた件、これは嘘だ。どこにもそんな情報はなかった。それに箕輪輪子の自宅から手書きの退職届とウォーターサ―バーの件について書かれた内容の手紙が残されていた。罪悪感に苛まれていた奴が、このタイミングで美味しい話に食いつくとは思わない。……まぁ、俺よりも付き合いのあるマサキのほうがわかると思うけど」
「……ああ、彼女ならそんなことしない」
 どんな仕事にも忠実に、自分の意志や意見を曲げず、まっすぐに相手と向き合う箕輪の姿は真崎もよく覚えている。その姿がいつも眩しくて、憧れだったことも全部。
「マサキの記憶とこのボールペンのレコーダーの話が本当なら、本物の箕輪輪子は『トランクたけなか』からこの工場までの道のりのどこかに埋められているはずだ。ここは人けがなければ、廃墟だからと好んで立ち寄らない場所。死体を埋めるには絶好のポイントだからな」
「……そうですか。ふふっ」
 そう呟いて小さく笑う箕輪は、持っていた恵比寿の面をかけた。箕輪輪子に成りすましていたという推理が当たっていたのだろうか。だからといって、一瞬たりとも気を抜くことはできない。なんせ最初に箕輪を撃ったのは、恵比寿の面をかけた目の前にいる人間なのだ。
 シグマと真崎が構えたその時、突然高笑いを始めた。男のような、女のような中性的な、なんとも言えない声色で。
「ふははっ! まさか私の変装が見破られるとは、思ってもいませんでした。まだ子どもなのにその観察眼、脱帽です! あ、面は脱げないんですけどね?」
 能面をかける前に、その顔を引っ掻いてでも本来の顔を見ればよかったと、不覚にも真崎は思った。
 それほどまでに目の前にいる人物は異常で異質で、とても危険だと、無意識に身体が拒否反応を起こしている気がした。