「……駄目。藍が心配でもう出てきちゃってる」



 落ち着いた声色を放ったつもりだけど、「絶対に家から出ないで」という彼の言葉が不穏で、心臓がずっと苦痛の悲鳴をあげている。


 家から出ないで、って、どういうこと?

 もうすでにここまで来ちゃってること、すごく危ないことだったの?




「藍、どこにいるの?」

『公園。俺の家の近くの……』

「わかった、公園行くから、一旦合流しよ」




 公園の方向に足を踏み出したとき、藍が少しだけ声を張って、待って、と言った。



『……千歳色に気をつけて』

「、え?」

『千歳色が、まだ近くにいる』



 何よ、それ。

 何で藍の口から、千歳色の名前が出てくるの?
 まだ近くにいるって、どういうこと?
 藍、千歳色に会っていたの?




「……や、やだ、いや、」

『紬乃、だから電話は切ら』




 藍の言葉の先を聞かずにスマホを握りしめたら、どこか変なボタンを押してしまったせいで、通話が切れた。


 ……千歳色が、近くにいる。


 そう考えた瞬間、千歳色に何度も触れられた右耳がぞわりと反応して、あたしはその感覚を押し殺すみたいに、両耳を強く押さえた。


 同時に、手に持っていたスマホが地面に落ちる。


 ガチガチと歯がぶつかって恐怖の音を鳴らし、手はぶるぶると震えていて、目からは涙が溢れ出ていて、藍からかけ直された電話に出ることができなかった。


 けれど、角の向こうに人影を感じたとき、あたしはふと我に返って、ここから逃げなきゃ、という一心で、スマホだけ拾って走り出した。


 藍のところに、藍のところに行かなくちゃ。

 恐怖に駆動されて動いた身体は、それでも冷静に、あたしを藍のいる場所へと導いてくれた。