視界が反転した後、瞼を閉じる前に唇に熱が送られて来た。
深くて甘いキスに脳を溶かしながら彼を抱いた腕は多分それなりに熱かったけれど、無理に事を進めようとする藍の手つきがやっぱり少し変だったから、少し乱れた制服はそのまま、ちょっと待って、と強い言葉で彼を制止した。
「藍、何かあった? 今日、すこし変だよ」
彼の瞳を強く見つめると、彼は少し顔を歪めて、ごめん、と一言だけか細い声で言い放ち、うなだれるようにして額をあたしの心臓付近に近づけた。
藍はどうして、何のために謝るのだろう。
無理に抱こうとしていることを謝っているのだろうか。それにしたって、今日の藍は変だ。
訝しげに彼を見ると、彼はこちらを見ずに言った。
「何か、最近気が滅入ってた。紬乃にしかぶつけられないからって、ごめん」
「気が滅入ってたって、どうしたの。嫌なことでもあった?」
藍が悩んでいるみたいに思えたけど、その原因の予測が全くつかなかったから、
小さい子どもを諭すように、彼の頭をそっと撫でた。
藍が顔を上げた。胸が苦しいくらいの近距離からこちらを見つめてくるものだから、心臓がどくん、と大きな音を立てた。
端正な顔立ちをした藍の輪郭を視線でなぞりながら、不覚にも格好いいと思ってしまう。
けれど、彼が言い放ったのはそんな甘ったるいセリフなんかじゃなかった。
「俺、最近誰かに付き纏われてる気がする」
付きまとい
ストーキング
嫌がらせ
……千歳色は、今どこにいる?
頭の中にはたくさんの憶測が飛び交って、けれど結局何もわからなくて、ただ戸惑ったような声で、付きまとい? とか細い声が漏れた。
聞きたいことはたくさんあった。
それは、いつから。
何をされたの。
今も、この近くにいるの。
藍に付き纏ってるのは、誰。
だけど、ほんの少しの心当たりがあるあたしは、彼の言葉の意味を認識した途端、指の先がつめたくなる感覚がして、
どうしようもできなくなったあたしは、恐怖ごと藍を抱きしめた。