いつも通り振る舞っていたつもりだったのに、あたしの様子がおかしいってことに藍は多分気づいていて、後ろから回してくる腕はそのまま、藍は柔らかな声で、紬乃、と言いながら、あたしを後ろから包み込んだ。
別に何もないよ、とはいったけれど、藍は腕の力を強めながら、何かあったなら言って、と優しく問いかけてきたので、あたしは、うん、と藍の言葉を軽く流してから、彼に体重を預けた。
そのまましばらく、藍の体温を感じながらぼうっとしていると、藍が突然、あ、と頓狂な声を上げた。
「そういえばさ、紬乃、聞いた?」
「……何のこと?」
「2年の、テニス部にいるレイナちゃんって女の子」
その名前を聞いて、また背中がぞくりと震える音がした。
「あの子、万引きで停学になったらしいね」
目の前が暗くなるような感覚がして、だけど、藍には何一つ悟られたくなくて、あたしは顔を顰めながら、何それ、と声を漏らした。
レイナ、というのは、千歳色が万引きを強要した女の子だ。
これ以上何もしないでって、彼に言ったはずなのに。
あの子が万引きをしたってことを言いふらしたのは、千歳色なのだろうか。
それとも、お店側の人が気付いた、とか、そういうことなのだろうか。
藍は何も知らない様子で、最近うちの学校、治安悪いよな、って言いながら、またあたしを強く抱きしめた。
「紬乃も、変なのに巻き込まれないように注意して。俺、心配だから」
藍から送られる熱が、あたしをじんわりと溶かしていく。あたしは心の中で、ごめん、と、行き場のない謝罪を繰り返した。