家に着くと、ちょうどお母さんはパートのシフトが入っていたらしく、家には誰もいなかったから、藍にはそのまま上がってもらうことにした。
飲み物いる? と尋ねると、大丈夫だから早くこっち来て、と彼が珍しくも甘えたような態度を取ってきたから、あたしは彼の隣に腰を下ろした。
すると藍は、こっち、といって自分の前を指差した。
「紬乃の匂い嗅ぎたいから、こっち来て」
「なにそれ、変態」
「そうだよ。悪い?」
あたしは悪態をつきながらも、藍に背を向けた状態で、彼の脚の間にもう一度座り直す。
藍は後ろからあたしの身体をそっと抱きしめて、あたしの首のところに顔を埋めた。
「藍、くすぐったい」
「可愛い。じっとしてて」
いつもよりスキンシップの激しい彼を愛しく思いながら、幸せを感じていたとき、だった。
あたしのスマホが一度だけ、短く振動する。
「……誰?」
あたしの肩越しに、藍がスマホを覗きに来たので、あたしは何の気無しに、画面に表示される通知に目を通す。
〈千歳色が動画を送信しました〉
一瞬で、全身から血の気が引いた感じがした。
あたしはすぐにスマホの画面を閉じて、藍から遠ざけるようにスマホを向こう側に押しやる。
どした? と不思議そうに尋ねてくる藍には、別になんでもない、とできるだけ平然を装ったけれど、心臓は今までにないくらい暴れ回っている。
千歳色と図書室で話した時の記憶が蘇る。
彼のスマホの中で、震える手でトートバッグに商品を入れた後輩のあの子が蠢いているのが、鮮明に思い出される。
……薄れていたはずの、記憶が。
心臓の鼓動の煩さを悟られないように、あたしは藍の腕をぎゅっと握って、そういえば最近、真昼がね、って全く関係のない話題を提示しながら、自分を取り巻く状況に、うすく絶望した。