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体育祭から数日たつと、余韻を残した教室の雰囲気も徐々に現実のものへと戻っていって、面倒な授業だけを受けなければならなくなる。
体育祭が終わってから、やることがなくなって暇になった藍と毎日一緒に過ごせるようになったのは良いけれど、それでも一大イベントを終えた後はどうにもやる気が出ない。
朝、うるさく鳴り続けるスマホのアラームを止めて、重い身体を引きずるように持ち上げた。
カーテンをうすく開けて、隙間から外の様子を見る。あたしは窓の外にスマホのカメラを向けて、ボタンを操作したあと、すぐにカーテンを元に戻した。ただの奇妙な日課である。
何だか学校に行くために化粧をするのが億劫だ。
昨日、顎にニキビができていたのを思い出して、ますます行きたくなくなった。
……もういっそ、この際休んでしまおうか。
少し悩んでから、あたしは藍に電話をかけることにした。
いつもは余裕のある藍でも朝は慌ただしいのか、しばらく彼は電話に出てくれなくて、仕方がないからメッセージを残すことにしようと発信を切ると、数秒遅れて彼から着信が入った。
『紬乃、どうかしたか?』
「あ、藍。あたし今日、学校休むから、さきに行ってて」
澱みなく発した言葉に藍は狼狽える様子も見せずに、ああ、と納得したような声を上げた。
『今日は、体調? それともメンタル?』
「メンタル。積極的な休息にするの」
積極的な休息、という言葉選びをしたのには訳がある。
あたしは月に1回くらい、気分が乗らないから、なんていうくだらない理由で学校を休むことがあった。
学校自体は嫌いじゃないけれど、学校に行くために完璧な化粧を施したり、髪型を整えたりするっていうのは、たいへんな労力が必要だ。
完璧主義でいるのはコストが高い。
それに、なんだか最近、気が滅入りそうだった。
実を言えば、前に千歳色と電話をしてから、ずっとあの後輩の女が気がかりで、日々神経をすり減らしていたのだ。
具体的に、何かがあった、というわけではないのだが、気にし始めると色々なことが気になってしまうものだ。
『わかった。放課後そっち行っていい?』
藍が心配とともにそんな言葉を投げてきた。
顎にできたニキビのことが一瞬頭に浮かんで、こんな状態で藍に会うのが躊躇われたが、
結局藍に会いたいという欲求には勝てなくて、来て、と返事をした。