……あの女の子が、本気で藍を略奪しようとしている?


 スマホのスピーカー越しに聞こえたその言葉を反芻すると、途端に思考が停止してしまう。

 腹の底から沸き立つ嫌悪感が、頭いっぱいに満ちていく。

 脳細胞がフリーズしたところで、千歳色が追い打ちをかけるかのように続けた。



『あの子、他人のものが欲しくなっちゃうタイプだからね。しかも相手が織方さんだから、余計に熱が入ってると思うけど』



 何よ、それ。あたしから藍を奪えるとでも思っているの?

 よく知らない後輩に小馬鹿にされているのだろうか。だとしたら、最悪。



「……あのさ、」



 口を開くと、千歳色は、ん? といってこちらに発話を促した。



「何とかしてって言ったら、何とかしてくれるの?」



 本当は藍のことを信じているし、まさか本当に彼女が藍を奪おうとしているとは思えないし、それにこんな訳のわからない人を頼るのは癪だった。

 けれど、あたしの中に生まれた不安の芽は、少しでも摘んでおきたいって思ってしまった。

 だってあたし、完璧主義だから。


 彼の返事は、あらかじめ準備されていたみたいに、淀みなく明瞭だった。



『もちろん良いよ。約束する』

「……じゃあ、お願いね」



 あたしは一抹の不安を抱えながら、通話ボタンの赤い丸に触れた。

 スマホが情けない音を立てて通話終了を告げる。


 結局、また千歳色に頼ってしまった。

 あたしの不安を上手に煽るような真似をするくせに、あの子のことは何とかしてくれるらしい。

 はっきり言って、彼の行動動機は意味不明だ。



 森田の秘密を教えてくれたときも、今回も、あたしは結局、千歳色を頼るだけ頼って、何もしていない。


 たとえば、秘密を教える代わりに金銭を寄越せだとか、後輩の女をなんとかする代わりに、言うことを聞けだとか、そういう見返りを要求されるんじゃないかって思ったけれど、彼の口からそういった言葉はまだ出てこない。


 千歳色があたしに対価を要求するつもりがないのなら、あたしにとっては都合が良いけれど、仮に、彼の目的が別のものだったらどうしよう、だなんてことも考えてしまう。


たとえば、千歳色の目的はあたしを助けたことによる対価というわけではなくて、あたし助けること自体に意味を見出している、とか。


そう考えると途端に気持ちが悪くなってきたので、あたしは考えることをやめて、スマホをベッドに放り投げた。

……きっと、考えすぎだと思うから。