「藍、見られてるよ?」
そう言って彼を見上げると、藍はさほど気にしていない様子で、別に良いじゃん、と言った。
「紬乃はむしろ、恥ずかしいの?」
「いーや、別に?」
全く恥ずかしくない、というのは嘘になるけれど、藍と一緒にいるところを見られるのは嫌じゃない。
あたしが藍と付き合ってる、っていうのは、この学校にいる人のほとんどが知っていると思うけれど、やっぱりこうやって、「あたしは藍の恋人ですよ」ということをアピールすれば、藍に余計な虫が寄ってくるのを防げると思う。
けれど、必要以上のスキンシップを今とる必要はない。
学校内とか、人前で過剰にいちゃいちゃして周囲から引かれているのは、たいてい、あまり目立たない人種の人たちだし、あたしはそういう人たちと一緒になりたくない。
多分、これくらいが良い頃合いだろうと思って、あたしは藍の腕をそっとどかした。
それと同時に体育館の入り口の方から、日菜の声が聞こえてくる。
「紬乃ー! もうすぐバドの試合だから来てー!」
耳をつんざくくらいの大声に思わず振り返ると、入り口のところで日菜が、もうみんな集まってるから! とさらに声を張り上げた。
どうやら、あたしはもう行かなければならないらしい。
なんだか名残惜しい気分になったけれど、藍は、はやく行きな、とあたしの背中をそっと押した。
また後でね、と言って、あたしは藍に背を向け、日菜のところに向かった。
そのとき、背中越しに聞こえてしまった。
後ろの方で、成田先輩、と言って藍を呼び止める誰かの声を。
ぞく、と嫌な予感がしたけれど、あたしは敢えてその声の主を確認せずに、体育館から去った。