「狸どもがぁ!」

 腰を抜かすわたしの横で、おじいちゃんが枕を投げた。
 狸が素早い動きで避ける。おじいちゃんは舌打ちして、鏡台の上の化粧品や本、花瓶、わたしのリュックサックを手当たり次第に投げつける。
 狸たちが怯んだ様子を見せると、おじいちゃんはおばあちゃんと四葉ちゃんを抱えて、わたしにがなった。

「こっち来い!」

 板張りの廊下を走って、血まみれのおばあちゃんを引きずって、この騒ぎなのにおとなしく眠る四葉ちゃんを連れて、向かった先は土間だった。農機具や家の修繕道具を置く場所で、下がコンクリートなせいかより冷ややかに感じた。

 おじいちゃんがシャッターを閉めて、ドアの鍵も閉める。
 母屋より薄暗い電灯の下で、四葉ちゃんをとりあえずリアカーの上に寝かせ、地面にブルーシートを敷いておばあちゃんを横たわらせる。シートがどんどん赤く染まった。

「三恵子、大丈夫だ、大丈夫だからな。今すぐ病院に連れて――」

 おじいちゃんが言い終わらないうちに、シャッターが大きく鳴った。木製の古いドアも、激しくノックされているみたいにバンバンと音を立てて軋む。

 何かがシャッターとドアにぶつかっている。

 わたしは震える足で窓に向かって、外を覗いた。
 シャッターの前には狸の群れ。狸たちは順番にシャッターに体当たりをしていた。狂ったように突進し、そのたびにシャッターが揺れた。

「ドアの外にもいやがる……っ!」

 おじいちゃんが唇を噛んだ。ドアは今にも破られそうだ。おじいちゃんが椅子や段ボール箱でドアを塞ごうとするけれど、あっけなく衝撃で崩れた。

「一花ぁ!」

 おじいちゃんがわたしを呼んだ。焼けつくような怒りを込めて。

「分かったか、一花。これが狸だ。これが狸の恐ろしさなんだ!」

 おばあちゃんの傷口から流れる血を、ボロボロの布で抑えて、おじいちゃんは言った。

「同情しても祟って、人間を襲ってくる……いいや、同情したらそれに付け込んで禍を起こす……おまえが、おまえが死んだ狸に手なんか合わせるから!」

 おまえのせいだ、おまえが悪いんだ――と、大きな物音の中、おじいちゃんは私に言った。

(わたし、が?)

 わたしが悪いの?
 ぐらりと眩暈がした。目の前の光景が一回転する。

(わたしが、全部悪いの……?)

 立っていられなくて冷たい地面に座り込む。狸が体当たりする音はやまない。おばあちゃんの血は止まらない。おじいちゃんはずっと狸やわたしに対しての恨み言を吐き出している。

 その時、

 ……キュウ……

 土間の隅から、鳴き声が聞こえた。
 ハッとなって見ると、小さな――まだ子どもの狸がちょこんと座っていた。
 真っ黒な目でわたしたちを見上げて、敵意も何も感じられなかった。
 おじいちゃんは猛然と立ち上がると、その子狸に近づいた。警戒心のカケラもない子狸は、あっさりとおじいちゃんに捕まった。
 おじいちゃんは子狸をシャッターに思いっきり投げつけた。
 ガシャーン! と、いっそう高くシャッターが鳴る。

「おじいちゃんっ!?」

 やめて――と思った。おばあちゃんが血まみれになっても、自分たちがこんな目に遭っても、わたしの心が勝手に痛みを感じた。
 おじいちゃんが手近にあった布袋に、力なく横たわる子狸を入れた。ゴミを入れるような手つきだった。
 そして、それを――バンッ! と力いっぱい地面に叩きつける。

「おじいちゃんやめて! やめて!」

 わたしが縋りつくと、おじいちゃんはうっとうしそうに振り払った。

「何がやめてだ! この状況が分かってるのか!」

 そうだけど、それはそうなんだけど、でも!

「この子は関係ないよ! だってまだこんな小さいじゃない!」
「黙れ! 狸なんかみんな死ねばいいんだ!」

 おじいちゃんが高く腕を上げて、狸の入った布袋を固いコンクリート地面に叩きつけた。憎しみを込めて。怒りを込めて。
 布袋はもぞもぞと動いたけれど、やがてぴくりともしなくなり、血だまりを作り出した。

「あ、ああ……」

 わたしの目から勝手に涙がこぼれた。怖いとか可哀想とかいろんな感情がぐちゃぐちゃになっていた。
 ただひたすら、ここから逃げたい、逃げ出したいと願っていると――

 荒々しい息を整えるおじいちゃんが、何かに気づいたように顔を上げて、ゆっくりと周囲を見回した。

「四葉は……?」