数分後。


「落ち着いたか?」

ティッシュで鼻をかんでいるのぞみに尋ねる。のぞみは少し恥ずかしそうに顔を赤くして頷いた。

ついでに俺はというと、抱き寄せたことへの恥ずかしさが今更になって猛烈に襲ってきて、のぞみの目を見ることができなくなっている。


「ごめんね」

のぞみはティッシュを捨てると、ポツリと言った。

「別にいいって。俺が煽ったようなもんだし」

俺は顔を背けてそう答える。ここで謝られては意味がない。


「ううん、違うの。あの、冬くんのTシャツに私の鼻水が……」

「マジか!? 鼻水も出てたのかよ」

「うん、言い出しづらくて」

「いや、それは言ってくれ。……まあ、いいか。帰るだけだし」

「あれ? お買い物は?」

「あー、多分店もう閉まってんな。まあ、また今度行くよ」

「そっか。それはほんとごめんね。鼻水以上にごめん」

「俺的には鼻水の方がダメージでけぇけどな」

「えー、そんなに鼻水嫌だ?」

「のぞみのじゃなかったら速攻着替えるレベル」

「私のならいいんだ?」

「ギリ許容範囲内だ。とゆうか、さっきまでのあの空気どこ行ったよ」

「だね。まあこっちの方が私たちらしいよ」

「はは、それもそうだな」


さっきまでの曇りは綺麗さっぱり晴れ、俺たちは二人して清々しい顔をしていた。会話もいつも通りくだらないものになっていて、なんだか安心する。

あのまま帰らなくてよかったと思った。帰っていたら次回会う時にはリセットされて明るくなっていたかもしれないが、のぞみの本心は聞けなかっただろう。

それでまた苦しい笑顔を見なければならなくなっていたかもしれない。

こんなふうに心の底から笑えなかったかもしれない。


残りの時間を笑顔で過ごしたいのは本当だが、心の底からの笑顔でなければ意味がないのだと今更ながらに気づいた。