「あ、俺、そういえば買い物して帰らなきゃいけないんだった」

沈黙を破ったのは俺の方だった。

買い物をしなければいけないというのは事実だが、逃げようとする気待ちもある。

のぞみと一緒にいるのは楽しくて、離れがたい。だけど、今のこの空気は好きじゃない。そして、この空気を変えられる力が自分にあるとも思えない。

限りある時間を無駄にするようなことはしたくなかった。それでも今は駄目だ。とりあえず一旦離れることでリセットしようと思った。



「そろそろ帰らねえと店閉まっちまう。のぞみ、わりぃ、今日のところは帰るな」

腕時計を見ながらそう伝える。あながち嘘ではないのに、胸が痛くなった。


「うん……」

答えるのぞみの視線は何故か下を向いている。そうしていると、こちらからは表情がしっかりと読み取れない。


「……のぞ、」

どうしたのかと俺が声を掛けようとしたところで、のぞみは顔を上げた。


「なんか今日は暗くなっちゃってごめんね! 気をつけて帰ってね!」

その顔には笑みが浮かんでいる。


いや、違う。のぞみは必死に笑顔を作っていた。

しかし、俺にはそれが苦しそうに、辛そうに見えた。
いつだってそう。のぞみは苦しいときでも辛いときでも笑顔を見せる。それが俺は嫌だった。



「じゃあ、バイバイ」

のぞみは笑みを深めて言った。それは俺にはもはや泣き顔のように見えていた。


と、次の瞬間、のぞみは小さな手を耳元に寄せた。いつもみたいに、まるで髪を耳にかけるように。


その時、何かが俺の中で切れた。