「そっか。そうだね、それがいいと思う」

正晴は、全てを理解したというように微笑んだ。その微笑みには複雑さも少しあったが、それ以上に応援の念が表れていた。

「よっし、じゃあ、今日は俺が奢ってあげる!」

今までの空気を全て断ち切るかのように、正晴が言った。

「……だから、頑張りなね」

そして、小さくそう続ける。それが何に対する応援かなど聞くまでもなくわかった。

「おう」と返事をして、笑ってみせると、向こうもにこっと笑い返してくる。正晴の優しさにどれだけ救われているのか。それに改めて気付かされた。


喫茶店を出たあと、俺たちは帰途についた。大した距離ではないので歩きである。

「そういや、例の小説借りたよ」
「え、ほんと? じゃあ、早く読んでね。感想言い合いたいし」
「いいけど、俺読むの遅いぞ」
「早く読まないと、ネタバレ送りつけちゃうよ」
「うっわ、それは最悪。急いで読むわ」

くだらない話をしているのはいつものことだ。

のぞみにあんなことを告げられて、辛いのは本当。悔しいのも、悲しいのも。

だけど、俺が前を向かなきゃ何も始まらない。のぞみのおかげでやっと変わってこられたのだ。そのお返しは今しかできない。

それなら普段通りでいよう。限られた時間を、くだらなくても最高な時間にするために。


「正晴」

その決意を心の中で固めてから、正晴に声を掛けた。

「俺、やっぱりのぞみのことが好きだ」

振り向いた正晴の目を見て、はっきりと言う。

本当に大きなことが起きてしまった以上、もう逃げてはいられなかった。たとえ、好きだと認めることで辛い結末を迎えるとしても。