「冬が変わろうとしてるのに、俺が変わらないでいるわけにはいかないからね。ちゃんと決着をつけないと」

正晴がこぼした言葉は、独り言のようだった。だからこそ、本心なのだろうと感じた。俺からしたら、正晴は今の時点で完璧なやつだ。頭がよくて、運動ができて、誰にでも優しくて、見た目だっていい。ここから変わる必要なんてないように思う。だが、正晴に考えがあって変わろうとしているのなら、俺にそれを止める権利はない。それよりも今すべきことは何か。
 
「正晴、頑張れよ」
 
いつの日か正晴がしてくれた応援を思い出した。たまには俺だって正晴のことを応援したかった。
 
「冬もね」
 
正晴はゆっくり立ち上がって、公園の真ん中の方へ歩き始めた。地面の水溜まりを避けながら、俺も後を追う。空気はじめじめしているが、そんなに嫌な感じはしなかった。公園のほぼ真ん中あたりで、前を歩いていた背中が止まる。
 
「あのさ冬、きっと大変だろうけど……幸せになろうね」
 
神妙な感じで正晴が言った。あえてその二歩手前で俺も立ち止まる。言いたいことはわかった。だが、いつもの仕返しに意地悪をしたい気分だった。
 
「俺に告ってどうすんだよ。一之瀬に言え」
「ばーか、そういう意味じゃないよ」

振り返った顔は言葉に反して笑っていた。幸せといえば、のぞみの言っていたことを思い出す。
  
「そういえば、前にのぞみが言ってた。辛いこともあるけど、幸せなんだって」
「そっか、のぞみちゃんは強いね」
「ああ、ほんとに」

そういえば、幸せについての話はここでしたものだった。
シンプルに寂しいと思った。のぞみといた幸せな時間が恋しかった。
「幸せになりたい」
望みを声に出す。
 
「うん、幸せになろう」
もう一度、正晴が言う。顔を上げると、澄んだ空に桜の花が立派に咲いていた。希望であふれた世界が本当にあるのか、俺にはまだ分からない。でも、この美しい景色が、その世界への入口だったらいいと思った。

「そうだな」
花びらが舞って、俺の手の中にちょうど収まる。俺と正晴は顔を見合せて笑った。また、春が始まった。