「冬の言ってた公園ってここ?」
「そう。もうちょっと行ったところに入口があるから」

駅からしばらく歩いて、目的地の桜木公園に到着した。入口の辺りが少しぬかるんでいたが、それを越えれば水たまりがいくつかあるくらいで、中に入れないほどではない。公園の端には屋根付きの休憩スペースもあるので、座って食事をすることもできそうだ。

実のところ、もうこの公園に来るつもりはなかった。ここでのぞみと一緒に桜を見る。その願いが叶えられなかった以上、来ても辛いだけだろうと思っていたからだ。彼女との幸せな思い出を、辛い気持ちで上書きしたくなかった。

しかし、確か彼女は、天国から桜を見ると言っていた。別に俺は死後の世界を信じているわけではないが、もし、万が一にものぞみが見ているというのなら、俺が見に行かないわけにはいかなかった。それと、自分の決意を正晴に伝える機会もほしかった。一人で行く気分でもなかったし、タイミング的にもちょうどよかったので、正晴と花見をするということになったのだ。

地面が濡れているため、毎年の定位置ではなく、休憩スペースに座ることにした。雨のせいか人がほとんどいない。そのうえ、目当ての桜の花びらもだいぶ雨に散らされていた。それでも、桜は相変わらず綺麗だった。

「綺麗だね」

正晴が穏やかな声でそう言った。顔を見ると、とても優しい表情をしている。

「そんな反応してくれるんなら、もっと早くに連れてくればよかったな」

そんな本心を口に出してしまうくらい、いい表情だ。

「え、そんな反応って何? 別に普通じゃない?」
「無自覚か。なんかめっちゃ優しい顔してたぞ」
「それはいつものことじゃん。俺すごく優しいから」
「自分で言うなよ」

そんなやり取りをしながら、自然と笑った。こうして軽口を叩いていると、いつもの日々が戻ってきた感じがする。去年の今くらいまでは、これが日常だったのだ。むしろこれが全てだった。
それからしばらくは、二人して黙ったまま桜を見ていた。