「のぞみ、もしかして眠い?」

だいぶ時間が経った頃、俺はそう尋ねた。さっきまでより若干体温が高い気がするし、瞼もちょっと重そうに見えたからだ。病院内で規則正しい生活を送っている彼女にとって、この時間まで起きているというのはめったにないことなのだろう。

「んん、大丈夫。冬くんが寝るまで起きてる」
「いや、そんなこと言ったって俺が寝るのいつか分かんねえし。眠いんなら病室戻りな」
「日が出てきたらいったん戻るけどー、それまではここにいる」

明らかに眠そうな声に、つい笑ってしまいそうになる。一緒にいてくれるのは嬉しいが、うっかりここで寝てしまったらいろいろと大変である。とはいえ、無理に追い出すのも本意ではない。

「じゃあ日が出る前に俺が寝たら、絶対すぐに病室戻れよ」

結局は甘い対応をしてしまった。本来なら俺が病室まで送ってやりたいが、眠っているのだから当然そういうわけにはいかない。実をいうと、俺も段々と眠くなってきていた。この調子では本当に日が出る前に寝てしまう。これまでの経験則から察するに、もってあと一時間といったところだろう。
 
「冬くん眠い?」
 
30分も経てば、逆に聞かれる側になっていた。頭がぼっーとして、体が妙に重い。普通の日に眠くなるときと似たような感じだが、抗えない感覚がある。寝転がった方がいいんじゃないか、というのぞみの言葉に甘えてベッドに横になると、もう起き上がれないくらいだった。のぞみは再びベッド横の椅子に腰掛け、今度は俺の左手を握った。

そこから先は、もうほとんど何も分からなかった。のぞみが何が言っていたような気がするが、頭に入ってこない。のぞみの姿もぼんやりとしか認識できない。分かるのは、繋がれた手の温かさくらいだった。

「おやすみなさい、冬くん」

完全に眠りに落ちる直前、ぼんやりとそう聞こえた。優しくて可愛らしい声。俺の好きな声だ。

暗闇の中では、やはり何も聞こえないし、夢を見ることもなかった。一度だけ、何かが手のあたりに触れた気がする。だがそれも気のせいだったのかもしれない。ふわふわと暗闇に浮いたまま、短いのか長いのかも分からないような時間が過ぎていった。