「冬くん」
雑誌をしまっていたら、のぞみに声を掛けられた。テンションが上がっていたからか、妙に楽しそうな明るい声だ。
「ん?」
「春になったら何したい?」
「え、なんだよ急に」
あまり明るくない話題にどきっとする。いや、普通なら明るくて楽しい話題なんだろう。でも俺たちにとっては違う。春になったら、の前に、そもそも春を迎えられるのかすら分からないのだから。
「急じゃないよ、ずっと考えてたの。私はねー、春になったら苺のアイス食べたい! 前に冬くんと行ったお店また行きたいなあ」
純粋な願いだ。あのお店の苺アイスは、一年中売られている。のぞみが望むなら買ってくることはできるのだ。でもきっとそういうことじゃない。
「冬くんは?」
優しい聞き方に、なぜか涙が出そうになった。最近の俺の情緒はあまりにも不安定すぎる。のぞみは春まで生きると決めた。それをわかっていても、耐えられないものがあった。
「俺は……そうだな、春になったら映画見たい」
「あの小説の実写化でしょ! キャストめっちゃ豪華だよねー!」
「そうそれ。キャスト発表されたとき、すげぇテンション上がった」
どうにか平静を装って答えられたと思う。あの小説、というのは俺がのぞみにおすすめされて読んだ小説のことだ。つい先日映画化が発表されて、ネットでも話題になっている。冬に公開されると映画館で見られないことが多いので、春公開なのはありがたい。最近は配信が盛んになったが、やはり映画は映画館で見るのが一番だろう。もし、これ以上を願ってもよいのなら、もちろんのぞみと見に行きたいが、そこまでは口にしないでおく。彼女もそこまでは口にしなかった。