「そういえば冬の変わったことって何?」

突然先ほどの話を蒸し返されて、俺は咄嗟に視線を落とした。どうせ酒を飲んでいるんだし、忘れてくれればよかったものを。肉を見つめながら、どこから、何を、どう説明すべきか思案する。いつも以上におおげさな反応をしそうなので、できればふわっとした話で乗り切りたい。
    
「……冬にも大切な人ができたんだな」

しばらく頭を悩ませていると、急に低くなった父さんの声が耳に届いた。驚いて肉から顔を上げる。アルコールで赤くなっているくせに、いつになく真剣な顔をしていた。きっと母さんからのぞみのことが伝わっているのだ。最初から知っていたのに泳がせるなんて、少々性格の悪いやり方だ。

「母さんから聞いたのか。じゃあ隠しても仕方ねーな」

ほどよく焼けてきたタンを裏返しながら答える。きれいな焼き目がついていて美味そうだ。
 
「えええええ! 冗談のつもりだったんだけど! 何それ、どこの誰!?」
「は?」

俺の返答からワンテンポ遅れて、叫びにも近い大声が店に響き渡った。店内のすべての目が一瞬こちらを向いたが、すぐに戻っていく。残されたのは、父さんを睨みつける俺の目だけだ。この人のこういうタチの悪さを忘れていた。少々どころかめちゃくちゃ性格が悪い。こんな手にひっかかった自分の間抜けさにも腹が立つ。

「いやー、とうとう冬に春が来たのか」

字面だけを見るとかなり混乱しそうなことを言いながら、父さんはさらにビールをあおる。ムカつくが何を言っても意に介さなそうなので、反撃はしないでおく。どうせ夜になったら、連絡もなしに帰ってきたことを母さんに怒られるだろう。そのときは横でにやにやしててやることにした。

「で、どんな人?」
「教えねえよ」
「えー、いいじゃん! バイト先の子とか? 同い年? 名前は?」
 
遠慮せずぐいぐい聞いてくる。親子とはいえ、さすがにもう少し気をつかってほしい。俺ですらそのくらいの配慮はできる。

「同い年の女の子。病院で知り合った。以上」

俺は諦めて最低限の情報だけを伝えた。父さんはもっと聞きたそうな顔をしたが、しつこすぎることを自覚したのか、黙って肉に手をつけた。無言で肉を食べる時間がしばらく続く。ちょうどよい焼き加減の肉は、柔らかくて美味しかった。